狐火
□その1 プロローグ
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その1 プロローグ
けたたましい音を立てながら鉄製の扉が勢いよく開いた。
「アイツが倒れたって!?」
そちらを見やれば、一人の男が血相を変えて飛び込んできた。
いや、血相と表現するのは語弊がある。
上司は任務のために狐の面をかぶっており、その場にいる者はだれ一人として彼の顔色をうかがうことはできないのだ。
「おい、アイツは!!?」
打ち放しのコンクリート壁に囲まれた部屋に、男の声が響く。
そこへ、無機質な灰色の事務机の前に腰掛けた長い黒髪の男が、間延びした声で言った。
「大丈夫だから。落ち着けって…総隊長サンよぉ」
「これが落ち着いてられっかよ!」
総隊長と呼ばれた男が勢いよく手を振りかぶると、事務机の上の書類が一枚、ひらりと舞い上がった。
部屋の奥へ早歩きで進む彼をしり目に、黒髪の男が「よっこらせ」と声を漏らしながら紙を拾い上げる。
その紙の一番上の見出しには、暗殺戦術特殊部隊、と書かれていた。
暗殺戦術特殊部隊――通称暗部。忍の里で特殊な任務をこなす、影の部隊だ。
そしてここは、暗部の頭にあたる零番隊の執務室。
隊員は、三名。
ひとり、暗殺戦術特殊部隊総隊長・零番隊隊長、狐啼(コテイ)。
「くっそー!なんでこんなときに倒れたんだよ、バカ!」
ひとり、暗殺戦術特殊部隊副隊長・零番隊副隊長、麗鹿(レイカ)。
「ったく、心配するのはいいが、部屋を荒らすのはやめてくれ、狐啼」
そしてもうひとり、執務室の奥の黒い革のソファの上で眠っている赤髪の女。
「…」
暗殺戦術特殊部隊第三席・零番隊隊員、蜂香。
「大丈夫だっつってんだろ。解毒はすんだし、薬を処方したし、今は寝かせてやれ」
「れ…麗鹿が言うなら…そう、なんだよな」
「ああ。…ったく、零番隊の隊長がそんな取り乱してどうする」
本人の顔を見て安心したのか、狐啼から先ほどの威勢は消え、そのままソファの傍らでがっくりと膝をついた。
ソファで眠る、蜂香は、静かに規則正しい呼吸を繰り返している。
「…ちょっと、今回はやりすぎちまったかな」
狐啼は、そう言うと、何の躊躇もなく仮面を外した。
暗部たる者、如何なることがあろうと容易に相手に正体をばらすことは許されない。
それは、絶対的な信頼のおける零番隊の中だからこその行為だった。
「はぁ…」
仮面の後ろから現れたのは、青い瞳と健康そうな肌色の、金髪の青年だった。
若干二十歳といったところか。
「……ま、これで反省したなら、イジんのもほどほどにしてやれよな」
麗鹿は、苦い笑みを浮かべながらそう言うと、事務机に向き直り、書類にペンを走らせた。
悪趣味だとまでは言わないが(口が裂けても言えないが)、狐啼の最近の専らの楽しみが、蜂香を修行と称して苛めることだった。
途端、どろん、と音を立てて狐啼が煙に包まれた。
そこから現れたのは、狐啼――ではなく、十歳程の少年だった。
青い目や髪色に変わりはないが、その頬の上に、猫のひげのような黒い線が、左右に三本ずつひかれている。
変化の術ではない。
むしろ、変化の術を解いたのだ。
「おいおい、ナルト、聞いてんのか?」
そう。彼の名は、うずまきナルト。
木ノ葉の里の忍者アカデミーで、万年ドベと呼ばれている小さな少年だった。
その少年が、里の存続と繁栄のために暗躍する暗部の長…それは、暗部を牛耳る里の長、火影をはじめとして、数名しか知りえない事実だった。
「聞いてるよ、蜂香イジリをやめろってんだろ、オレに」
「やめろとまではいかねーが…かわいそうだろうがよ」
ほとんど溜息のように話す麗鹿を、にやりと笑って振り返ったナルトは、何の悪気もなくぴしゃりと言った。
「だって、マジ可愛いんだって。反応が」
「またそれかよ、めんどくせー」
可愛いというなら、毒仕込みのクナイを投げつけるなんていう死線を彷徨いかねない危険な修行を強制してやらないでほしいのだが…と、麗鹿が頭の中で呟いた。
もちろん、そこまでは口に出さない。出したときには、蜂香と同等か、それ以上の試練が、このドS上司によって与えられる。
「“めんどくせー”って…お前こそいつもそればっかだよな。シカマル」
「……おい、オレは麗鹿だ」
上司の自由さに呆れながら、書きあげた書類を束ねる。
ナルトと同じく、どろんと煙を巻き上げ、姿を変えるのかと思いきや、そこには黒髪を頭の上で結い上げた少年、奈良シカマルと、麗鹿がいた。
「じゃ、アカデミーの方はお前に頼んだぜ」
「うぃーっす」
麗鹿以上に間延びした返事をすると、奈良シカマルの姿はもうそこにはなかった。