シュートを決めたら
□蟻のたかる
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たった一瞬だったけど、すぐにわかった。
わからないはずがなかった。忘れられるはずがなかった。
夕方だってのに、この暑さはなんだ。手にもったアイスが、少しの油断で溶けていく。
「走り込みだけだと、やっぱり物足りない、ですね」
頭の上から声がした。体育館よりいくらか涼しいはずの帰り道。練習後かそうでないかでここまで違うものなのか。バスケをやらずに帰るこの道を、いつの間にかすっかり忘れてたようだ。
「じゃあ走って帰りましょうよ。そんでモキチくんちでみんなで練習して、」
「飯を食って帰る」
「じゃ、トビも呼ぶか」
空が提案して、それに千秋が付け加える。賛成と言わんばかりに、ヤスが携帯を取り出して操作する。
それに、モキチが苦い顔をした。物足りないなんて言ったことを後悔している顔だ。
空はわくわくした表情で小走りに駆け出した。どんだけバスケがしたいんだ。
「おい、アイス食ってから走れ。俺の金で買ったんだから落とすんじゃねーぞ」
「じゃあぱっぱと食べましょう。ほら、モキチくん、食べて食べて!」
「勘弁してください」
いかにも、アイスの早食いで頭痛を起こしそうなモキチ。
こうして俺らは、さっさと練習場所を見つけて、今日もバスケができることに少なからず胸を躍らせた。
そう、本当に偶然だったのだ。
偶然明日の講習会の準備のために体育館が使えなくなり、偶然俺たちは走り込みと軽いフットワークだけで解散し、偶然アイスを買うためにコンビニに寄って、偶然ちんたら河原を歩いてた。
そう、本当に運命だったのだ。
前からきた二人乗りの自転車。男の背に隠れて、二人乗りである、ということしかわからなかった。
何も考えずすれ違おうとした、まさにその時。
「じゃあおそろいのピアス買おうよ!」
聞こえてきたその声にピンときて、思わず俺の意識はそちらにとらわれる。0.3秒後、後ろで楽しそうに笑う女子の顔が見えた。横向きにこしかけて、男の背に笑いかける、その横顔。
俺たちはすれ違う。
名無しさんだ。
つられて振り返って、俺の足はとまった。
名無しさんだったんだ。髪型が変わって、少し大人っぽくなって。だけど笑顔は前とまったく変わらない。
スカートから伸びた足。少し痩せたんだな。
その男、彼氏か。
もったいねえよ。名無しさんと帰るなら、ちゃんと横に並んで歩かねえと。あの笑顔、見えねえだろ。
背の高そうなやつだった。バスケ部だったりすんのかな。
そしたら名無しさんは、まだバスケ、やってんのかな。
もうあのころのこと、忘れたかな。
一瞬のうちに思考が飛び交って、その油断が、残り少ない手元の氷菓子を溶かしていく。
ぽたり。しずくが指にたれたけど、気にならなかった。
その後ろ姿から、目を離すことができなかった。
「お、どうした? 一目惚れか?」
足を止めて後ろを向き続ける俺を、千秋が気にとめた。
お前、気づかなかったのか?
お前なら気づいてたんじゃないのか?
見間違いなんかじゃない、あいつは確かに、
「……名無しさんだった」
くしゃり。変な音がして、次に手に伝わる冷たさと、妙な軽さ。
「あたりだ」
千秋の声。ハッとした。やっぱりあいつも、名無しさんに気づいてたんだ。
相当小さくなった名無しさんから、やっと目が離せた。
俺は振り返る。
進み続けていたあいつらは、俺より5メートルかそこら、先にいた。
「次にコンビニが見えたら、そこで交換しよう」
千秋はアイスの棒をかかげて見せた。
「……は、」
俺の口からは思わず小さな吐息がもれて、それは言葉にもならずに、地面でなさけないことになったアイスの上に落ちた。
俺のアイスは、当たり前のようにはずれだった。
生まれてこのかた、当たったことなんかなかったけれど。