シュートを決めたら

□居残り練習
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「だあーー、今日も全然シュート入んなかったなー」
「ナベさん今日もやりますか? 居残り練習」
「おう、頼むぜ」

ナベはここ最近、得点力強化に努めている。俺に求められているのは高さだ、リバウンドだ、ゴール下を制すればいい。
……なんて、生ぬるいことも言ってられないのが現状だ。
クズ高で今現在得点を見込めるのが、空、トビ、モキチの3人のみ。困ったもんだ、こんなんじゃ全国なんて言ってる場合じゃない。
ナベやチャッキーも自分のできることを、と練習に励んでいる今、俺もそろそろ、ちゃんとした得点力を身につけていかなければならない。

「……百春くんも一緒にやりますか?」
「え? あ、いや、俺はいい」

ナベたちを見つめたまま考え事をしていた俺は、仲間に入れて欲しいのかと思われたらしい。咄嗟の呼びかけに少しあわてた。

「百春も一緒にやろうぜ! 百春のシュート入るようになったら、ゴール下は怖いもんなしだからな」
「そうですよ! シュートは練習すれば入るようになるんですから」
「それに、今日のお前、なんかミス多かったしなー」
「……っ、だから今日は走ってくんだよ」

頭からっぽにしてえンだ。
そう付け加えてさっさと体育館を出る。なんとなく振り返りにくくて、前だけ見てその場を後にした。

走ってる時は、走ることだけすればいいから、こういう時にはちょうどいい。
さっきナベにも言われてしまったけど、今日の俺はミスが多かった。ちょっとしたパスを取り損ねたり、出したパスの位置が悪くてあっさりスティールされてしまったり。

「なんじゃ、今日は張り合いないのう」

トビの呆れたような目が頭をよぎる。集中してやれないんなら帰っていいぞ、そういう意味が裏にある気がした。
そんな自分にもイライラしてきて、集中しなければと思えば思うほど焦って、プレーは荒くなりファールも増えた。
最悪だ。誰の目に見ても、今日の俺がおかしいのは明らかだった。情けない。こんなことでここまでプレーに影響が出るなんて。

……いや、"こんなこと"なんかじゃねえ。

走り出して5分ほどたった。だめだ、全く集中できない。頭の中がごちゃごちゃして、考えたくないことばかり考えてしまう。忘れられない。からっぽにできない。なかったことにできない。
その証拠に、俺は意図的に、昨日の河原に行くことを避けていた。
また、ばったり会えてしまうことが怖かった。
いくら走っても、名無しさんに会った、ということしか考えられない。少し変わった雰囲気と、それでも変わらない笑顔。それしか覚えていない。どんな制服だったのかも、前の男の顔も、何も覚えちゃいない。制服さえちゃんと見ていれば、どこの高校だったかわかったのに。
……本当はわからなくていいはずなんだ。わかってしまったら、また一層そればかり気になって、きっとなにも手につかない。
それでも知りたいと思ってしまうのは、まだ名無しさんを忘れられずにいるなによりの証拠だ。
まだ想っていることの、証拠だ。








「だあーー、なんで俺のシュートは入んねえンだ!」
「百春先輩、今日もご指導お願いします!」
「ったりめェだ! 小西、今日200本な」

俺が下手なのはしょうがない。まだまだ発展途上だからだ。だけどなんでシュートが入らねんだ。毎日居残り練してンのに。納得いかねえ。シュートが入らなくて、俺は試合に出られない。くそったれだ。シュートが入らなくちゃ、点を取れなくちゃ、試合には出れない。
千秋はシュートが入らなくても、PGの才がある。ずるい。俺より後に始めたくせに。俺は何一つあいつに勝てない。
だったら俺は、どうにかしてシュートを決められるようにならなくちゃいけねえ。毎日居残りして、毎日何本もシュート打って、俺はうまくなってやる。
隣のコートを見ると、俺たちと同じく練習を終えた女子バスケ部が片付けをしている。俺はモップをかける手をとめて、一人を探した。
そいつはすぐに見つかった。
人一倍声がデカイし、よく笑う。あいつの周りの人間も、つられて笑う。だからすぐに見つかる。
あいつもモップをかけていて、俺は密かにガッツポーズ。
のんびりのんびりモップかけをして、あいつがモップかけを終わらせるタイミングと合わせる。
あいつがモップを持って倉庫へ向かう時がチャンスなんだ。すぐに後を追って、素知らぬ顔で俺も倉庫に入る。

「おい」
「ん? あ、百春」

振り返った名無しさんは、俺をみとめるとニカッと笑った。

「今日もやる? 練習」
「ったりめーだろ。……お前も付き合えよ」

俺のモップをさらりと奪って片付けた名無しさんは、くるりと振り返って、ピンと立てた親指を見せつけた。

「ったりめーだろ!」

心がふわっと浮かぶ。やった。よかった。
最近毎日恒例でやっている、こいつと小西と俺との居残りシュート練習。断られることはたぶんないだろうな、なんて思いつつも、声をかける時はなんでか緊張してしまう。
でも、よかった。今日も一緒に練習できる。
名無しさんは小学生のころからミニバスでバスケをやっていて、俺よりうまい。女バスでも2番めか3番めにうまいと思う。名無しさんにボールを出してもらって、俺と小西はシュート練習。2対1を交換でやってドライブの練習をしたり、ゴール下でリバウンドの練習をしたり。
そして3人揃って学校を出て、名無しさんを駅まで送る。小西は方向が逆だから、ひまなら一緒にきたり、先に帰ったり。だけど最近は勉強するんだとか言って、先に帰ることばかりだ。俺としては都合がいいけど、あいつ居残り練習もして勉強もして、真面目だなーて思う。
それに、二人きりで帰るのは、嬉しいし楽しいんだけど、ちょっと緊張しちまう。照れくさい。
心がふわふわして、名無しさんと駅で別れてから、一人でずっとにやにやしてしまって、なんか乙女みたいで気持ち悪い。でもやっぱり嬉しくて、明日もこうしたいなーとかずっとこうしたいなーとか、手繋いだらどんなんなんだろうなーとか、色々考えて、次の日名無しさんを見かけた途端に恥ずかしくなる。
それの繰り返しで、でもどこか心が満たされてるのを感じていた。居残り練習なんて、いくらでもできると思っていた。もっとうまくなって、名無しさんに認めてもらいたかったし、名無しさんにかっこいいところを見せたかった。
俺は、もっとかっこよくなりたかったんだ。
もっと名無しさんと、一緒にいたかったんだ。
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