シュートを決めたら

□罪と罰
1ページ/1ページ

嘘をつくことが嫌いだ。
くだらない嘘で自分を守ることが嫌いだ。
昔からそうだった。
昔からそうだったはずなんだ。

「勘違いすんな、からかっただけに決まってんだろ! 遊ばれてんのにも気づかねーで調子乗ってつきまとってくんじゃねえよ!」

早口でまくし立てた俺の言葉に、目の前の女子の顔が、たちまち真っ赤に染まる。
衝撃を受けた、っていうような表情で、今にも泣きそうで、口元だけはぴっと引き結んで。
ごくりと、生唾を飲み込む音がして、でもそれは俺のものか彼女のものかはわからなかった。
彼女は震える口元で何かをつぶやいて、表情を崩した。
たぶん、精一杯の、笑顔だった。




飛び起きた。悪夢だ。

「…………クソッ!」

まだ4時。全身ビッショリ汗をかいている。頭痛がした。
思い出さないようにしていた、あのこと。名無しさんと偶然会ってから、何度もあのころのことを思い出したけど、なんとかして考えないようにしていたあの事件のこと。
細かなことまで覚えてしまっていた名無しさんとのこと。名無しさんと過ごしていた時間はきらきらしたものばっかりで、それだけならば綺麗な思い出と言ってもいいものだ。だけど、そんな綺麗な思い出も含めて、あいつとの出来事がすべて俺の後ろめたいものになってしまう、事件があった。
いや、なんなら事件だなんて言うのもおこがましいかもしれない。
俺の強がりで、俺の逃げ。護身のためのくだらない嘘で、あいつを傷つけた。

イライラしていた。最悪の目覚めだ。
このことを思い出すと、自分が情けなくてしょうがない。今までは、あれはしょうがなかったんだ、て言い聞かせてたけれど、バスケをまたやれるようになった今では、より自分が情けなくてたまらない。
空やトビなんていうすげぇやつを知って、他校の必死にやってるやつらを見て、そしてそいつらの今までの努力を知って。シュートが入らない、試合に出られない、そんなことくらいで逃げ出した自分が情けない。
逃げ出しただけでなく、俺を待っていてくれたあいつまで傷つけたことが、情けない。





「今日の百春くん、なんかあったんですか?」
「む。あれは思春期だ。放っておいていい」
「思春期って……」
「気にするでない」

百春の様子がおかしいことには気づいていた。その理由もわかっていた。お見通しだ。
今日に限っては、俺が起きた時にはすでに家におらず、おそらく悪夢でも見て飛び起きたんだろう、というのが俺の見解だ。
百春の夢にまで出てきて、あそこまで揺さぶるようなこと、あの人にしかできない。
名無しさんさん。名無しさんさんは俺たち兄弟と同中で、女子バスケ部の副キャプテンだった。
美しかった。一目見た瞬間求婚したが断られた。
バスケ経験者とあって、女子のメンバーの中ではずいぶんうまいほうだった。だが、俺の印象に残っているのは、バスケのうまさよりその人柄のほう。
数年に一度くらいの頻度で出会う、『いるのだ、こういう何かを持っているやつは』というタイプの人間で、俗っぽく言えば人気者といったところだった。
天才的なものがあるわけではないが、器用さだけである程度のものなら平均以上にこなせる、というタイプの。
器用ビンボーとゆーやつだ。
異様に明るくて、真面目になる方法も手の抜きかたも人との合わせかたも知ってる。頼られるけど支えられるような、こと人付き合いに関しては飛び抜けて才があった。
俺の名無しさんさんに対する印象は、このようなもの。

いつしか、百春の居残り練習に、後輩のゴリラ君とその名無しさんさんが追加されていた。
俺はさっさと帰ってゲームに勤しんだが、百春のドキドキが伝わっていた。俺は百春と別々の場所にいても、あいつの怪我や衝撃を察知することができる。だが、まさかドキドキまで伝わってくるとは思わなかった。
相当、ドキドキしてたのだろう。俺はニヤついた。
帰ってきた百春をからかうのが楽しかった。
きっと、あいつにとって名無しさんさんとの時間はそれだけ大切なものだったってことだ。
俺はよくわかっていた。誰より知っていた。

百春と彼女の間で、何があったかも。

俺はかっこ悪いのが嫌で、かっこ悪い自分から逃げた。百春は、かっこ悪い自分からも、大好きな名無しさんさんからも逃げたんだ。
それが百春の中でどれだけ大きな出来事だったかは、たぶん、俺と本人だけが知っている。
俺は、一生俺だけの中に留めておこうと誓った。



「あんさん、あいつに何があったか知らんが、練習にならんようじゃどうにかしてもらわんと困る。今日は特に酷いぞ」
「どうやら生理中らしい。大目に見てやってくれ」
「……はあ?」
次の章へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ