時渡りの天使
□一
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もし、これが夢ならば私は起きることに全力で命を捧げようと思う。
けれどこれは現実であり、決して夢ではなかった。
頬にピリピリと電気のように走る痛みに、呆然としていた私の意識は浮上する。
さっきまで、班の子達と共に行動していたのに、気がついたら森の中に倒れていた。
舗装されていないガタガタな野道を、借りていた自転車を引きながら、白い壁が続く屋敷の場所まで抜けるや否や、風を切る音共に頬が熱くなった。
自分の手で熱い頬に触れるとヌルッとした生暖かな液体がついて、見ると掌が赤い。これが血だと理解するのに時は然程要さなかった。
「何者だ」
声がした方へ顔を上げれば、外壁の上に立ち弓を引いた青年がいた。
「見慣れない格好だな。この地の者ではないな」
「あの、エーッと…」
痛い。そんな思いよりも、すぐに班の子達と合流したくて怖がる事もなく、自転車をその場に止めて一歩二歩近づく。
不審がる長身の男は、外壁の上から様子を伺いながら弓矢を引く手を強める。
「…ちょっとお聞きしたいんですけど。ここってどこら辺ですか」
掌を口元によせて大きな声でそう言うと、男は思いきり眉間にシワを寄せた。
「私、修学旅行で奈良に来てて班の子達とはぐれちゃったみたいなんです。飛鳥駅までの道を教えてくれたら有り難いんですが…」
もし誰かがはぐれてしまった場合、班の中でとりあえず駅に戻って待つように言われている。そこなら、同じ学校の生徒や様子を見に来る先生がいるかもしれないし、一番見つけやすい。
「聞いたこともない地名だな。出鱈目を言って今から命乞いでもする気なのか」
期待を込めて見つめていた私を、男は一刀両断した。
「いや、命乞いもなにも、ただ迷子になっちゃったみたいで…」
参ったな。
頬をポリポリかいて、静かに肩を落とす。
「ここは池辺宮。正体不明な下賎の女が近づける場所ではないぞ」
現代人とはかけ離れた事を言う目の前の男に、息を吐き出したくなった。
もしかして、なんかの撮影かな?それともお祭りかなんかで、古代人にでもなりきってるのかな。ここ観光地だし。