時渡りの天使

□二
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訳のわからぬまま皇子と名乗る彼の屋敷に連れ込まれて、六畳半の部屋に押し込まれてしまった。
私にはどうやら選択権がないらしく、皇子に呼ばれるまでこの殺風景の部屋に閉じ込まれたままらしい。

どのくらい、この真っ暗な部屋に閉じ込められてるんだろう。

日の光が入るような窓すらないこの部屋で、何時間もうずくまっているような気がする。
途中、一緒に持ってきた鞄もあの乱暴な男に取られてしまいスマホすら弄ることのできない暇と不安の極限状態にいる自分の心。

脱出しようと戸に手をかけたが、外側から何か施されているらしく、それすら不可能だった。

逃げることは不可能。そう悟り、壁に背を寄りかからせ、ボーッと一点を見つめる。

「……そういえば、班の皆で葛きり食べようって言ってたんだっけ」

ぼんやりと、奈良で一番楽しみにしていた食べ物が頭に思い浮かんできた。

ガイドブックに乗っていたキラキラ輝く透明でプルプル揺れるあの食べ物。思い出すと、途端にお腹が悲鳴を上げる。


「早く、ここから出なきゃな……」

でも、どうやって。
自分の数少ない脳細胞を働かせようとした時、立て付けの悪い音を立たせて扉が開いた。
黄金色に輝く日の光に目を細めて顔を背けようとすると、優しそうな男が膳を片手に持って立っていた。

「起きていたか。こんな部屋で難儀だったろう。朝餉を持ってきた、食べなさい」

そして、私の脱出計画は、ご飯の輝かしい湯気で吹っ飛んでしまったのである。


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朝餉のメニューは実に色がなく、薄味だった。

調味料使ったの?と思うくらいに。
でも、空きっ腹が限界だった所為もあってそんなこと気にせず口の中にかきいれた。
男はポカンと口を開いてその様子を観察し、そして困ったように笑みを零す。

「女とは思えん食い気だな」
「…す、すみません。昨日の朝からまともに食べてなかったから」
「…おかわりあるが、食べるか?」
「いただきます!!」

それから、玄米の飯を3杯平らげた。
満腹になった私は家にいる勢いで、横に寝転がってしまう。
そんな状態に、しまった、と傍にいる男を見上げれば何処か呆れた表情で見下ろしていた。

「天から使わされてこの地にやってきた女だと皇子から聞いたが、これが天の使いとは到底思えないな…」
「え?なんですか?」
「いや、なんでもない…」

それより、俺はお前を皇子の元へ連れてくるよう言われているのだ。
俺と、ある場所についていってもらう。

そう言われて、彼が差し伸べる手を怪しみながら、掴み立ち上がった。
皇子、とは昨日会った男のことかな。食べ終わった膳を男は持ち上げながら、何か思い出したかのように目を見開いた。

「おぉ。そういえば、お前の名はなんていうんだ」

私より頭二つは大きく見える彼の言葉に、顔を上げた。

「名前…春ですけど」
「春、か。俺は調子麻呂という。今から向かう場所に居られる方は、厩戸皇子という方だ。粗相のないようにな」

厩戸皇子。どこか聞いたことがあるような名前に、首を傾げながら相槌を打つ。
調子麻呂さんの大きな背を追うように、静かな廊下を歩き出した。
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