*人魚姫の涙の意味は……*
□十章《届かない想い》
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その日の柚葉ちゃんは目を見張るほど魅力的だった。
俺は心臓の音を聞かれないように必死に抑えながら彼女に向かって手を振った。
「全然全然!!あんな雨の中キュートな女の子を走って帰らせるわけにはいかないからね!!本当は送って行ってあげたかったんだけどあの後仕事が入っちゃっててさ、ごめんね!?」
ついつい仕事といって嘘をついた。
だけどそれより疑問に思ったのは彼女がスマホの画面で話しかけてきたことだ。
人見知り、なのかな?
でもそれにしてはなんだか違和感を感じる。
もしかして……声が出ない……?
すると周りが一気に騒がしくなる、最近ここら辺にいつも来ていたためもしかしたら噂になっていたのかもしれない。
俺は咄嗟に彼女の手首をつかんで「ちょっと付き合って」といって引っ張って走り出した。
こんなとこばれたら大問題だ、何より彼女も巻き込んでしまう。
幸い車は近くのパーキングに停めていたからそこまで走り、彼女を乗せて俺は車を動かした。
車の中で彼女に喋れないの?と聞けば彼女は一回だけ頷いてくれた。
連れて行ったのは俺が最近見つけた秘密の場所。
咄嗟に思い付いた場所がここだった。だってさすがに俺の家にいきなり連れて行くわけにもいかないしね。
俺がRe:valeの百でもなく、春原百瀬に戻れる唯一の場所。
千にすら教えていない、俺だけの場所。
ここならまず写真を取られることもないし、誰かに見られることもない。
暗い海に街の夜景が反射してキラキラ見えるその場所で、彼女はそれにも負けない笑顔で笑っていた。
あぁ、間違いない、やっぱり俺はこの子に恋をしたんだ、その瞬間はっきりそう思った。
あんなに自分の中で決心して決めていたはずなのに、千とこれから先も歌えればそれでいい、そう思っていたはずなのに。
今はどうしても、目の前の彼女が欲しくてたまらなかった。
俺は彼女の隣にいって、少しだけサングラスをずらして「ね?すごく綺麗でしょ?」と笑った。
そこでやっと彼女は気付いたらしく、今までの笑顔が固まった。
その時の柚葉ちゃんの顔は忘れられない。
そのあと俺は彼女の連絡先と名前を少し強引に聞いて、なんとか傘を言い訳にして水族館デートまでこぎつけた。
途中まさかの三月と陸に会うなんてハプニングはあったけど、柚葉ちゃんのお弁当も食べれたし、声の出ない理由も聞いたから良しとしよう。
陸が彼女のことを人魚姫と呼んだ時に、俺もそう思った。
水槽の中で泳ぐ魚たちをうっとりと、綺麗といって見つめる彼女はまさしく人魚姫のようだったからだ。
いつもユキに柚葉ちゃんのことを自慢していたからか、ユキに会いたいといわれ、俺は番組収録後に彼女を連れてユキの家に向かった。
パティシエだから仕方ないし、あれだけ料理もおいしかったんだ、料理が好きなんだなとは思ってたけれど、まさかあんなにべったりユキと話すなんて思いもしなかった。
ユキも普段はあんなに優しくないのに、柚葉ちゃんには信じられないくらい優しい表情で接しているし、なんだかお似合いに見えた。
まさかユキにこんなジェラシーを感じる日が来るなんて……。
いつも柚葉ちゃんの前では大人っぽく見えるようになんて意識してるけど、ついついユキがいると安心して甘えてしまう。
けど柚葉ちゃんはすごく楽しそうだし、ユキも柚葉ちゃんのことを気に入ったみたいだったからよかった。
う……でもユキが女の子として柚葉ちゃんを気に入ってたらどうしょう、ハイパーイケメンなユキに俺なんかが叶うはずもない。
いくらユキでも、柚葉ちゃんは渡したくない、そう思うあたり自分でも呆れるくらい彼女に惚れていtるんだなって思う。
最初は楽しそうな柚葉ちゃんだったけど、次第に表情が暗くなっていく。