*人魚姫の涙の意味は……*
□四章《繋がれた手は思ってたより大きくて》
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『じゃあ来週の水曜日に!柚葉ちゃんの家の前までモモちゃんがしっかりとお迎えに参ります!!でわっ』
そう連絡が来たのは先週で、それからあっという間に前日になってしまった。
直前まで何を作るか悩んでいたけど、結局桃のコンポートを使ったマフィンにすることにした。
百さんだけに桃なんてなんだか可笑しいかなと思ったけど、ちょうどお店で作りすぎたものもあったし、そう思って私はボウルに卵を割って泡立てて行く。
誰かのためにお菓子を作るのなんてすごく久しぶりだ。
仕事じゃないお菓子作りがなんだか新鮮でいつもより楽しく感じる、いつも食後のデザートに食べている水切りヨーグルトを隠し味に加えて、粉をいれたらゴムベラでさっくり混ぜていく。
あの後Re:valeの百さんのことをネットで色々改めて調べてみたけど、分かったのは彼が本当に明るくて、周りをハッピーにしてくれる人だということだった。
明日は結局どこに行くか聞いていないけれど、百さんと出かけるならどこにいっても幸せな気分になれる気がする。
焼きあがったマフィンを確認すると、荒熱を取る間に私は明日着ていく服を決めにキッチンを離れた。
結局私が選んだのは小花柄の白地のワンピース。青い小花が華やかでお気に入りのワンピースの一つ。
髪は動きやすいように編み込みにしてまとめて、手作りのマフィンが入った籠バッグと傘をもって家を出れば、目の前に止まっている車の窓からひらひらと手を振られた。
駆けよれば百さんが少しだけサングラスをずらして「おはようっ!」と声をかけてくれた。
前の助手席に促されてそこに乗る、マスコミとかに見られないか不安だったが、彼は譲らないのでそこに座った。
スマホで『傘、本当にありがとうございました。今日もわざわざすみません』そう打ち込むと、笑顔で「全然!」と返された。
行こうかといって車を走らせる彼。
前と同じように車の中で彼は私に話しかけてくれる。
運転中だからスマホを見せてお話はできないし、こういう時ふつうに話せたら……と心底思う。
「あ、そういえばこれ!ユキの作った曲でさ!!ユキの作った曲が俺大好きなんだ!!」
車の中に流れる音楽、ネットとテレビで聞いたRe:valeの歌、普段の百さんからはちょっと想像できないかっこいい声。
横で口ずさむ百さんをちょっとかわいいなと思うが、歌そのものに私は少し複雑な気分になる。
Re:valeも百さんも何も悪くないのに、歌を聞くとどうしてもあの日のことを思い出してしまう。
歌が大好きだった、歌って生きていきたいと思った、あの時、私が声をなくしたあの時、声を失う原因になった……
「柚葉ちゃん?」
横から心配そうにのぞき込まれて、私ははっとなった。
それでも出ない私の声。
百さんはそんなことを気にもしないように私の方をまっすぐに見ていた。
車はいつの間にか目的地についているのか駐車場で、彼はもう一度私の名前を呼ばれた。
間近で見るととても綺麗なマゼンダの瞳に、私は慌ててスマホで大丈夫です、と書いて見せた。
「だけど、顔色も悪いし、本当は今日体調良くなかった?今からでも家まで送るけど」
『いいえ、少しだけ寝不足で……だけど大丈夫です!今日も楽しみだったので』
そう打てば、彼は少し考えたのち本当に大丈夫?と聞いてきた。
頷けば、じゃあ行こうかと言って車から出て私側のドアを開けてくれた。
ついたのは大きな水族館、、だった。
「この間の撮影でチケットもらってさ!今日は暑いし、過ごしやすいかなって!!水族館嫌いじゃなかったかな?」