*人魚姫の涙の意味は……*
□八章《人魚姫の様な勇気》
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「凄いよねパティシエさんって!魔法みたいにあんなに綺麗なケーキつくるんだもん、モモちゃんびっくりだよ!柚葉ちゃんもなんか普段と違ってかっこよかったし、職人さんって本当尊敬するっ、あ、ごめんね、仕事終わりで疲れてるのにこんな騒いじゃって!」
どっちか年上か分からないよねなんていって笑う百さん。
いつもならこの笑顔を見てあったかい気持ちになるのに、今はなんだかそう思うことができない、それはきっと彼との距離を肌で感じてしまったからなのだろう。
そんな私に気付いたのか、気づいていないのか、百さんはそろそろいこうかなんて言って車を走らせた。
『どこにいくんですか?』
信号が赤のうちに彼に携帯を見せれば「俺のダーリンのお家」とさらっと返されてしまい、危うく携帯を落とすところだった。
百さんのダーリンといえば、相方の千さん以外ありえない。
Re:valeは不仲説が出ることも多々あるらしいが、本当はすごくすごく仲の良いお二人はまさに夫婦なのだ。
『千さんのところなんて、何でですか?だって私なんかが言っていい場所じゃないですし……』
「柚葉ちゃん緊張しすぎ!大丈夫、ユキが連れてきてほしいって言ったんだから!ユキが他人に興味を示すなんて珍しいんだっ。俺もユキにちゃんと紹介したかったし」
『そんな。だけど……』
「ユキ、すごく料理が得意なんだっ。今日も何か作っててくれるみたいだし、柚葉ちゃんもお腹すいたでしょ?」
確かにお腹はすいていて晩御飯はどうしょうとか思っていたところだ。
横で百さんもお腹すいたーなんて言っているし、ここで無理を言って家まで送ってもらうのはそれはそれで悪い気がする……。
そんなことを思っていれば目的地についたらしい。
百さんは降りる前に後部席からジャケットと帽子、サングラスを出すと私に差し出してきた。
「一応マスコミ対策ね!俺たちはなんとでもなるけれど柚葉ちゃんはそうはいかないし。俺で悪いけど」
百さんの……そう思うとなんだか少しだけ恥ずかしくて、百さんも少しだけ目を逸らして頬をぽりぽりしていた。
ジャケットを羽織れば思っていたよりも大きかった。百さんは私が思っているより結構しっかりした体つきなのかもしれない。
ふわりと薫ってくる百さんの匂い、ふと水族館で水から庇ってもらった時のことを思い出してしまい余計顔が熱くなってしまう。
百さんに見られないように深めに帽子被って車を出て、すぐそこのエレベーターに乗った。
「やぁ、いらっしゃい」
「ただいまダーリンっ!」
「おかえり百、ほら、早く入りなよ」
お邪魔します、言えない代わりに軽く会釈をすればすごく優雅に中に案内された。
「うわっ、すっごく美味しそう!」
「モモの好きな肉もちゃんと準備しといたよ」
「さすがダーリンっ!!ユキのローストビーフ俺大好きっ!!ほら、柚葉ちゃんも」こっちこっち」
恐る恐る中に入ればすっごくお洒落な空間が広がっていた。私の部屋の倍は広い……。
そんなことよりちゃんとユキさんに挨拶していないことに気付き、私は慌ててスマホを打ち込む。が、その前に私の目の前に入ってきたのは整えられたキッチンだった。
周りに千さんと百さんがいることも忘れ、つい私はそのキッチンにある調理器具に目を奪われてしまった。
パティシェという仕事についているのもあるが、私は調理器具が大好きだ。
千さんのキッチンには私が欲しかったメーカーが揃っていて私の給料ではとてもじゃないが買えるものじゃない。
私がハイテンションでそれでも触れないように食い入るように見ていれば、そこと前から笑い声が聞こえてきた。
それで私はやっと自分がどれだけ恥ずかしいことをしているかに気付き、思いっきり千さんに頭を下げた。
「そんなに頭下げなくていいよ。それより面白い子だね」