*人魚姫の涙の意味は……*
□十章《届かない想い》
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柚葉ちゃんと初めて出会ったのは実はあの雨の日、じゃない。
柚葉ちゃんにとってはあの日が初めてでも、俺は前から彼女を知っていたし、あの日だって声をかけたのは初めてじゃない。
彼女を最初に見たのは、今年のバレンタインだった。
千へのバレンタインチョコを買うために色々なデパートやケーキ屋を巡った俺はなかなかこれといったものに出会えず、最後の頼みの綱に実家がお菓子屋さんの和泉兄弟に相談した。
そこで三月が教えてくれたのがあの柚葉ちゃんの働くお店だった。
変装はしていくにしても、万が一見つかれば大騒ぎになるし、お店にも迷惑をかけてしまう。俺は用心を重ねて閉店時間ぎりぎりに行くことにしたんだ。
その閉店時間ぎりぎりにお店に入ろうとしたときに、すれ違った子があまりにも綺麗で俺はつい立ち止まって振り返ってしまった。
長いピンクブラウンの髪がふわりと舞って従業員の人なのか甘い匂いを纏って、呆然とする俺に気付いたのか、彼女はきれいなブラウンの瞳を細めて笑って俺に会釈してきた。
それが柚葉ちゃん、完全に一目惚れだった。
アイドルになって恋愛なんて御法度で、いいなって思ってもできないし、これまでも千の隣でずっとRe:valeとして生きていくためにそんなものはいらないとも思った。
これから先誰かを好きになることなんてないと思った、一目惚れなんてもっとないと思ってた。
なのに、急に心臓がバクバクいって、どうしょうもないくらい抑えられなくて、顔が一気に熱くなって、こんなのサッカーの試合に始めて出た時とも、ステージに立った時とも違う。
彼女はそのまま駅の方に歩いて行って俺はその姿が見えなくなるまでそこから動けなくて。
そのあとも彼女に会いたくてお店に行こうと思ったけれど、やっぱりアイドルだからと思うと俺はどうしても行けなかった。
もしこれがパパラッチとかにばれて表に出たら千にもオカリンにも迷惑をかける。
それだけは絶対にできない。
俺の勝手な私情でそんなことしていいわけがない。
毎日毎日、あの時のことを思い出しながらも、俺は必至に忘れようとした。
数か月たっても、俺の中であの光景が消えることはなかった。
もういい加減忘れなければ……また会える保障なんてないわけだし、そう思ってたまのオフ、気晴らしに買い物に出たがあいにくの雨だった。
街中で流れる俺と千のRe:valeの歌も、雨の音で少しだけ小さく感じる。
お気に入りの傘をさして出かけた先で少しでも気分を上げようと何を買おうか考えていた時だ。
俺の視界を一瞬で奪ったのはあのピンクブラウンの髪だった。
やっぱり綺麗だと思った。
雨の中、少しだけ心細そうに雨宿りをする彼女はあの時にみたときよりもずっと可愛らしく見えたし、考えるよりも先に身体が動いていた。
実際近くで見ると、もう本当に心臓が爆発しそうだった。
アイドルとしてばれないように完全装備をした俺はきっと彼女にとって不審者同然だったんだろう。明らかに警戒されていて、だけどその様子も可愛くてたまらなくてつい吹き出してしまった。
「ごめんごめん!今日オフでたまたま歩いてたら困ってる可愛い女の子見つけちゃったからほっとけなくて!怖がらせてごめんね!? この傘、良かったら使って?」
彼女は無言でフルフルと首を振る。
だけど俺はその場の勢いで理由をつけて彼女に傘を渡してその場から離れた。
やばい、振り向けない、やっぱり不信に思われたよな……。
だってこんな格好だし……あの傘ちゃんと使ってくれるかな、ていうか近くで見たらやっぱすごくかわいいし、綺麗だし……
「また、会えるかな……」
あんなに自制していたくせにもう止まらなかった。
オフの日はなるべく同じところに同じ格好に向かった。
もしかしたらまた偶然で会えるかもしれない、そう思えば動かずにはいられなかった。
そうして少しして俺の願いを神様は聞いてくれたらしい、無事に彼女と再会することができた。