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□*伝えたくて伝わらなくて……(前編)*
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事は一瞬だった。
本当に一瞬何が起きたのか分からなくて、俺は咄嗟に動けなくて、ただ見ていることしかできなくて、気づけば周りには救急車の音が響いて、慌ただしくて、ユキの俺を呼ぶ声が聞こえているのに俺は何も返せなくて
目線を落とせば見えるのは真っ赤なナニカ。
それが誰の血か、気づいてしまった俺はその場で発狂することしかできなかった……。
病院に名無しさんが運ばれてから俺はおかりんとユキに付き添われてそのあとを追った。
俺たちが駆け付けた時には処置は終わっていたが面会謝絶の立ち入り禁止になっていて、泣き止まないマネ子ちゃんを万さんが必死になだめていた。
「モモ……」
ユキが心配そうな顔で俺を見る、ユキにこんな顔なんてさせたくないのに、俺は何も言えなかった。
名無しさんは俺の彼女だ。
二歳年下の彼女は、小鳥遊事務所の事務員で主に万さんやマネ子ちゃんの補佐をしている。
俺は収録の時に彼女に頑張る彼女に一目ぼれをして、一生懸命ご飯誘って、やっとOKもらって二年の時間を過ごした後やっと恋人になることができた。
もちろんおかりんからも万さんからも、釘は刺されたけれど、結局みんな俺達の中を応援してくれていて、ユキの隣でRe:valeを続けられて、万さんにも会えて可愛い後輩たちもいて、名無しさんもいて、本当に本当にハッピーな毎日。
なのに今日、IDOLISH7のみんなとの収録の打ち合わせをしているときにセットの一部が俺の方に倒れてきて、ユキの叫び声を聞いた時には俺は何かに飛ばされて……
名無しさんだった。
名無しさんが俺をかばってセットの下敷きになったって分かったのは彼女が救急車で運ばれてからだった。
「名無しさんさんの容体は?」
「とりあえずは大丈夫です、ただ意識が戻らなくて……」
意識が戻らない?今にも倒れそうな俺の肩を誰かが支えてくれた。
「モモ、しっかりしろ、大丈夫だから」
「ユキ……、でも、名無しさんは俺のせいで……」
「モモのせいじゃない、誰も悪くない、事故だ。モモは悪くない、命に別状はないとのことだからしばらくすれば目を覚ますはずだ」
「こんな時にすみません。さっきの収録はとりあえず延期になりました。だけどこの後のRe:valeの仕事はどうしてもキャンセルすることができません……」
「オカリン、どうにかならないの?こんな状態のモモを連れて行くわけにはいかない」
「僕も、できるなら側にいさせてあげたいです。だけど……」
オカリンが申し訳なさそうに俺を見る、優しいオカリンのことだ。きっと先方にすごく掛け合ってくれたんだろう。
だけどさすがに恋人が事故にあったからなんて言えるわけがないし、向こうもそれなりの理由じゃなきゃ納得するはずがない。
あの扉の向こうに名無しさんがいるのに、会いに行けないなんて……。
「だけど……」
「俺なら大丈夫だよ、行こう、ユキ、オカリン」
「モモ、大丈夫なわけがないだろう!」
「ユキは心配性だな、俺なら大丈夫!マネ子ちゃん、バンさん、名無しさんのことよろしくお願いします」
「百さん……」
「……分かった、目が覚めたら一番に百君に連絡するからここは任せて」
バンさんにもう一度頭を下げて、俺はオカリンとユキに行こうと声をかける。
「すみません、百君」
「オカリンのせいじゃないし、お仕事だから仕方ないよ!」
隣にいるユキの目線がいたい、ユキの言いたいことは分かってるし、きっとユキは今、バンさんが事故にあったときのことを思い出してる。