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□*伝えたくて伝わらなくて……(後編)*
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名無しさんが記憶喪失になって一ヶ月が経った。
あの日以来俺は名無しさんに会っていなくてマネ子ちゃんから経過を聞く日々。
名無しさんに叩かれた頬は腫れることもなく赤みもすぐに収まったのに俺の胸はずっとずきずきしていて、会いたくてたまらなくて病室の前まで行ったがそれでも中に入ることはできなかった。
泣かせるつもりなんてなかった。
必死に自分で我慢したのにどうしても我慢できなかった。
前の名無しさんならきっともうこんなところで!て顔を赤くして照れてくれたんだろうけど、今の名無しさんにとって俺はただのRe:valeの百でしかない。
ただの赤の他人の男にあんなことされれば当然の反応だろう。
「百さん!」
「マネ子ちゃん、お疲れ様!」
モヤモヤしていればあっという間に待ち合わせの時間になっていたらしくマネ子ちゃんが目の前で少しだけ息を荒げていた。
いつもラビチャで連絡を取っているんだけど、今回はたまたま時間が空いたから直接会うことになったのだ。
最近忙しいはずなのにこうして時間を取ってくれるマネ子ちゃんは本当に良い子だ。
あらかじめ目星をつけていたこじんまりしたカフェに二人で入ってコーヒーとケーキを頼んだ。
マネ子ちゃんはコーヒーだけでというがわざわざ来てもらったわけだし、このくらいご馳走させてもらわなければトップアイドルとしての名が廃るってもんだ。
「それで名無しさんのことなんだけど……」
名無しさんの名前を出せばマネ子ちゃんの顔が一気に暗くなった。
その表情からなんとなく悟った俺は一気に沈んだ気持ちを飲み込んで無理やり明るく振る舞う。
「まぁなかなか思い出すのも難しいよねっ!!こればっかりは時間の問題だよね」
「百さん……名無しさんちゃんもきっと、本当は何か引っかかっているんだと思います。この間から百さんの名前を出すと少しだけ寂しそうな顔をしますし……」
う……マネ子ちゃんはあの日のことを知らないんだ……
正直に言ってしまおうかと思ったが俺は言えなかった。
マネ子ちゃんに軽蔑されるのが怖かったわけじゃあない、名無しさんが彼女に何も言っていないということは誰にも知られたくないのかもしれないと思ったからだ。
誰にも知られたくないほど……嫌だった、のかも……。
「大丈夫ですっ!きっと思い出しますよ!!それにそろそろ退院もできるみたいですし、一度会いに行かれてみてはどうですか?」
「んん……でも、名無しさんはきっと俺に会いたくないと思うから……」
「百さん……」
いかんいかん!俺がこんなだったらマネ子ちゃんも暗くなっちゃう。