*人魚姫の涙の意味は……*
□一章《歌は雨の音にかき消されて……》
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「冬平さん、今日はもう上がっていいよ!」
先輩の言葉に私は頷いて仕事を上がる準備をはじめた。
返事をしなかった私に、この間入ったばかりの新人が「返事しないとかちょっと失礼なんじゃ……」という声が聞こえてきた。
すると先輩が少し決まずそうに彼女に耳打ちする。
「仕方ないのよ、あの子、言葉が出ないの、喋れないのよ」
「あ、そうだったんですか……すみません」
こっちにも決まづそうに頭を下げてくる彼女に笑顔で会釈して私は職場を後にした。
私の名前は冬平柚葉。
パティシェの専門学校を卒業してからは小さいカフェで専属パティシェとしてお世話になっていて、中学校の時から声を失った少しふつうじゃない女の子。
声を失った原因はくだらないことで、今でもそれを引きづって大人になってもう22歳。
転校した中学と高校、専門学校でもこのことでたくさん辛い思いもしたが、今ではもう慣れっこ。
自分の声がどんなだったか思い出せなくなってからはもう気にもならなくなった。
帰り道の街中を歩けば、大画面から流れる今流行りのアイドルの歌。
それを見てきゃーきゃーと騒ぐ人達。
そんな彼女たちを見ていると少し懐かして、少し切ない気持ちに襲われた。
昔は私も歌が大好きだった。
好きなアイドルがいて、歌うことも大好きで、将来は歌の仕事につくのが夢だった。
なのに声を失ってから一瞬で、私の周りから色が消えた。
たった一つの出来事で、私は夢も好きなものも失ってしまい自分の唯一の好きだったところも失くしてしまった。
そんな今の私にはこの流れてくる歌が、辛くてたまらなかった。