*人魚姫の涙の意味は……*
□三章《ハッピーはきっと彼のためにある言葉》
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その沈黙を彼は拒絶ととったのか無神経なこと聞いたねごめん!なんて言ってくる。
そういうわけではないけどただ、話すことには抵抗があり、私はごめんなさい、とだけ打った。
「そんな謝らないでよ!俺が悪いんだからさ!あんまり遅くなると悪いし、夏が近いとはいえまだ夜は少し冷えるからそろそろ帰ろうか」
百さんは返りの車の中でもたくさん話してくれた。
後輩のアイドルの話や、相方さんの千さんのお話、常に笑顔で楽しそうに話す彼につられて、いつの間にか私もすごく笑っていて、こんなに笑ったのは何か月ぶりだろうなんて考えてしまう。
本当に偶然だけど、百さんに会えてよかった。
帰りは思いのほか早くて、あっという間だった。
百さんの話は面白くて、楽しくて、もっと聞いてみたい気もしたが、彼は多忙な身。
私にずっと付き合ってるわけにはいかないし、そんなことは許されない。
こうしてメモを渡されて、今に至るわけだが、私はいまだにその連絡先に連絡できないでいた。
一言、今日はありがとうございました。と送ればいいのに、その一言ではなんだか寂しい気がして……
声がでなくなってからは友達付き合いも少なかったから、こういうときどう連絡していいか分からない。
スマホの画面をにらみっこしながら、私は短く「今日はありがとうございました。今度は傘、お渡ししますね?」とだけ打って送信した。
すぐに帰ってこないだろうと思っていれば思いのほか早い、彼からの返信。
『俺も柚葉ちゃんと話せて本当にハッピーでした!仕事のお休みとか分かったら連絡してくれるとモモちゃんすっごく嬉しいな!あ、ついでに今度会うときに柚葉ちゃんの作ったお菓子とか食べれたらもう幸せすぎて死んじゃうかも!』
あれ? お菓子?
私、百さんにパティシェしてること言ったかな?
うーん、正直色々びっくりしすぎて覚えてないや、でもお菓子か……百さん何作ったら喜ぶかな。
分かりました、じゃあ今度傘のお礼に作っていきますね!
そういえば楽しみにしてる!じゃあおやすみっ!と可愛いスタンプが送られてきた。
本当にあの百さんなんだな……
それにしてもやっぱりかっこよかったな……さすがアイドル……
でも今日は楽しかったな……私は急に恥ずかしくなって慌ててお風呂に逃げ込んだのだった。
ほら!笑った顔すっげーかわいいっ!
あんなこと言われたの、初めてだったな。
お世辞なのかもしれないけど……。
百さんと出かけるの楽しみだな……。
後日、仕事先でシフトの確認をして、私は百さんに連絡した。
周りに万が一ばれると大騒ぎになるので、周りをいつもよりかなり気を付けながら送っているとなんだか悪いことをしているような気になってしまった。
『じゃあ今週の金曜日に、朝10時に迎えにいくね!行先はこのモモちゃんにおまかせあれ!絶対楽しいとこにつれていくからさ!』
楽しいとこ……でも百さんが言うから本当にそうなんだろうな。
そう思って、私はいつも通り仕事に戻った。
今から何着ていこうかなとか思ってる辺り、我ながら浮かれてるなぁなんて思いながら、私はシフォンケーキを焼くためにメレンゲを泡立て始めた。
そうだ、百さんにプレゼントするお菓子も考えなきゃだった。
やっぱ桃がいいのかな……ネットで好きなもの調べたらももりんごジュースって出てきたし……日持ちするものがいいだろうからパウンドケーキか、マフィンかな。
不思議。百さんのこと考えてたらなんだか楽しくなってしまう。
「柚葉ちゃん、なんだか楽しそうね、なにかいいことでもあったの?」
先輩に声をかけられ、私は慌てて顔をぶんぶん横に振った。
いつもそんな反応をしない私の反応がおかしかったのか、先輩に少し笑われて「メレンゲ、泡立てすぎないようにね?」と釘を刺されてしまった。
とりあえず、レシピ考えようレシピ!!
そう思い直して、私は目の前のメレンゲを仕上げることに専念するのだった。