*人魚姫の涙の意味は……*
□五章《無邪気な君の笑顔に魅せられて》
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「はーいっ、これでイルカショーは終わりです!!皆様ありがとうございました!!」
スタッフさんの声とともに辺りが騒がしくなる。
私はまだそこから動けなくて、ただ水しぶきが少しも飛んでこなかったことは確かだった。
「ひゃー、冷たい!!大丈夫?かかってない?」
目の前には超ドアップな百さんの顔で、覆いかぶさるように抱きしめられたような体制になってることと、百さんが水をすべて被ってくれたことに私はびっくりして慌ててハンカチを取り出す。
このジャケット、絶対高い……そもそも風邪なんて引いたら大変だ。
「そんな泣きそうな顔しないでよ!ちょうど暑かったし、ちょうど良いって!それより、イルカショー楽しかった?」
『もちろんですっ、すっごく楽しかったです。だけどそのジャケット……』
「大丈夫大丈夫!それより少し離れたエリアでコヅメカワウソに餌あげられるんだって!混むだろうし早く行こ!ジャケットなんてそのうち乾くって」
『でも陸君と三月君探さないと』
打ってる途中に、百さんにその手を止められてしまい、私はびっくりして顔をあげる。
そこには少しだけ顔を赤くした百さんがいて。
「俺と二人じゃ、柚葉ちゃんは嫌?」
そんなこと言われたらもうどういっていいか分からなくなる。
冷静に考えて嫌なんてそんなわけない、すぐに言えばいいのに……なんだか百さんの目が真剣だから返しづらくて私はスマホの画面に目線を落とす。
「なんてね!モモちゃんらしくなかったよね!!ほら早く陸と三月探そうっか!」
目線を上げればいつもの百さんだった。
百さんは二人を探すように周りをきょろきょろしだすが、私は胸のざわめきがまだ収まらなくて。
百さんといるとなんだか変だ。
他人に対して安心することなんてもうないと思ってたのに、百さんといるとついつい緩んでしまう。
あのマゼンダの瞳にまっすぐ見つめられると胸がざわつく。
なんだかドキドキして収まらなくて、百さんに触れているとそれはさらに大きくなってあったかい気持ちになる。
私はもしかして百さんのこと……
「やばいっ、あれIDOLISH7の七瀬陸くんと和泉三月君じゃない!?」
「え、まじ!?あ、本当だ!!」
「私大ファンなんだよね!ほかのメンバーも来てるのかな!」
どこかでばれてしまったのか、少し遠巻きに見える人だかり。
その中心にいるのは女性陣に囲まれた陸君と三月君だった。
何かの拍子にばれてしまったのか二人は困ったように周りを抑えようと必死になってる。
やばい、なんとかしてあげなきゃ。そう思って百さんを見たが百さんは悪戯っぽく、口の前に人差し指を当てると私の手を使って「こういうことなら仕方ないよね!今のうち!!」と言って走り出した。
一瞬三月君と目があって、すると彼はすごく綺麗な笑顔でピースサインを送ってくれた。
百さんは早くて、でも私に無理がないスピードで走ってくれて、さっきより強めに握られた手が熱くてたまらなかった。
しばらく走ってついたのはさっきいってたカワウソのコーナー。
改めてスマホで『陸君と三月君大丈夫でしょうか』と書くと、「彼らだってプロだから大丈夫!それよりせっかく来たんだからもっと遊んじゃおう!」と笑顔で返されてしまった。
コヅメカワウソは本当に本当に可愛くて、私はついつい夢中になってしまった。
ご飯の魚を上げれば、無邪気な百さんの笑顔がすぐ近くで見れて、なんだか恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
気付けば外は暗くなってきていて、私はそんなことにも気づかずにはしゃいでいたらしい。
百さんにそろそろ帰らなきゃだねと声をかけられて、もっとこの時間が続けばいいのに。
そう思ってしまった自分の心が少しだけチクリと音を立てて痛んだ気がした。