*人魚姫の涙の意味は……*

□七章《遠くて遠くて……》
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後輩たちが騒いでいる辺り、二人の人気がうかがえる。

二週間ぶりに会えたのはすごく嬉しいけれどなんだか遠い人に感じてしまう、だけど実際そうなんだ。


私はこういうケーキ屋のパティシェ、彼は国民的アイドル。

普通なら会うことなんてまずないのだ。話すことも出かけることもすべて奇跡のようなものでしかない。


「ここのケーキ本当においしいんだよね!俺も大好きなんだ!特に桃とリンゴのマフィンがすっごく美味しくてさ!」


百さんの言葉が耳に入ってきて私ははっとしてしまう。あれは私のオリジナルのお菓子で、お店の商品ではないのだ
「へぇ、僕も食べてみたいな」

「あ、すみません。当店にはその商品は無くて……」


先輩の言葉に百さんが一瞬びっくりしたように目を開く。

やばい、私のせいだ。ちゃんと百さんに言わなかったから。


「ごめんダーリン!それ夢の中で食べたやつだった!!ほら俺モモリン大好きだし、そんなお菓子あればなーなんて!このお店に来るのすごく楽しみだったから夢に見ちゃったみたい」

「本当モモは仕方ないなぁ」

「ってことでここのおすすめのケーキを紹介してくれるかな!?」


先輩がうちの看板商品の紹介に移る、なんとかなったみたいで安心した私は再び自分の手元の作業に意識を戻した。


丁寧にメレンゲをつぶさないように混ぜて、型に入れて焼き上げればうちの人気商品の一つでもあるシフォンケーキが焼きあがる。


型からはすぐ出さずひっくり返して、冷ましていればその間に収録の休憩に入ったみたいでお疲れ様ですという声が飛び交っていた。


百さんと話したい、だけど、ここで気軽に話せばまわりは変に思うだろう。
こんな私が知り合いなんて知れたら絶対に迷惑がかかってしまう。

私はわざと百さんに背を向けて次の作業に取り掛かることにした。


「あれ?君すごく美人だね!」


突然スタッフの一人に声をかけられ、びっくりしてボウルを落としてしまう。大きな音がしたが、Re:valeのファンらしい後輩たちの歓声でかき消されてしまった。

話すことができない私はどうしようかと目線をうろうろさせるしかない、が、スタッフの人はそんなこと気にしない。


「良かったらテレビ出てみない?そんなにスタイル良くて綺麗だったらモデルでも全然いけそうだよね!!どう!?いいよね!?」


ボウルを拾おうとしたらその手をつかまれ、ぐいぐい責められる、やだ、ちょっと怖い。


「良かったらさ、ご飯でも食べながらどうかな?美味しいイタリアンの店知っててさ、仕事何時に終わるかな?あ、携帯番号とか……」


「ちょっとこんなとこでナンパ?」

「うわっ、千さん!いえいえ違いますよ!!テレビとか興味ないかなと思って!ほらこの子すごく綺麗だし!」

「ふーん、じゃあとりあえずその手を離したら?変な誤解されちゃうよ?」

「あ、す、すみませんでしたっ!!」


千さんに言われてスタッフの人は慌てて逃げていく。千さんは落ちていたボウルを拾って私に渡してくれた。


「大丈夫?ごめんね?あのスタッフいつもうちで担当してくれてる人と今日だけ交代で入ってて……怪我、はないようだね」


何か返さなければ。そう思って紙とペンを取り出して書こうとしたが千さんはそんな私の肩を叩いて「大丈夫聞いてるから」と言われた。

聞いてるって、つまり百さんから聞いたってこと、かな?


「君が百の人魚姫か、へぇ、ちょっと意外」


どういうこと?と思っていれば、千さんはくすりと笑って「百のことよろしくね」と私にこっそり耳打ちしてきた。

収録が始まるらしく、千さんはまたねと言って戻っていく。

なんていうか、本当に綺麗な人だな。ほかの人は百さんに集まってて気づいてなかったみたいで良かったけど。

百さんは変わらず千さんと夫婦漫才を披露している。


収録はそれから一時間くらいで終わり、いつもの職場に戻った。

後輩はみんなRe:valeの二人の話題で持ち切り。

それを見ていると、なんだか百さんと連絡を取っていること自分がすごく身の程知らずに思えた。
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