水槽のなか*宝石*
□こんにちは、おにいさま
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かん、かん、かん、かん。
普段より1倍明るく、澄み切った青空を背景に長い螺旋階段を登る。
「なんで僕がこんなことを...」
最上階に引きこもっている宝石に、定期的に顔を見せにこい、と伝えて欲しいのだとか。ルチル曰く。もちろん自分で行け、とフォスは抗議したのだが、一番暇そうだからとかなんとか。色々と理由をこじつけられていたけれど、要するにこの長い階段を上り、窓という窓を布で覆っている、薄暗くているだけで倦怠感を覚える最上階にはみないきたくないのだ。
通路を照らすのは、たまにふく風に揺れるカーテンから漏れる光のみ。とくに埃っぽいとかではないのだが、ずっしりとからだが重くなる。ついため息を零してしまったのは、仕方がないと思う。
そもそも、陽の光を原動力に活動する宝石たちの住む学校に、なぜこんな場所があるのか。最上階に住む宝石のため。
告げられたのはそれだけで、納得するに至ってはいない。
ほかの宝石に聞いても、みな名前すら知らないのだ。
学校に唯一ある扉のノブを握り、右に捻る。
ここに住む宝石は噂によると末っ子らしいので、先輩としての威厳ある姿を見せ、きっと戦闘センスもあるにちがいない!と、先生に提案してもらおうと意気込んで、扉を開けた。
「...うわっ」
部屋の中は一段とまっくらで、生き物がいるのかも分からない。もぞ、左端から、なにかが動く音がする。
「...薄荷色の、おにいさま」
こんにちは。
透き通った、高い声だ。
カツンとシューズの踵を鳴らすおとが聞こえたので、きっと律儀に起き上がってお辞儀でもしているのだろう。けれど、姿の見えない物音というものはなかなかに不気味で、つい先輩風を装うのを忘れて、フォスは末っ子に声をかける。
「えーっと、ルチルがたまには顔を見せに来いってさ。」
「そうですか...近いうちに伺います、と伝えて頂けますか。」
「う、ん。」
会話はそれきり。末っ子が末っ子とは思えないような声音で話すものだから、声が強ばってしまった。不自然に聞こえていないだろうか...と、そろそろ表情を伺うが、もちろん顔は見えない。
気まずさにさっさと退室するのが得だな、うんうんと頷き、じゃ、それだけだからとノブを捻る。
−−と。
廊下の光で少し明るくなった室内から腕が伸び、フォスの腕をつかむ。情けない声が出たのは言うまでもない。
「あっ、えと。すみません...驚かせようとしたわけじゃなくて。」
焦ったように勢いよく離した腕は、戸惑いがちに宙をうろつく。
冷静な声色とうろつく右手がアンバランスで、鎖骨の下あたりがむず痒くなる。
「どしたの?」
かわいい弟を持った彼らは、きっとこんな気持ちだったんだろうなあ、ムフフと声が漏れた。
「...わがままいったら、怒りますか?」
「怒んない怒んない!」
そろそろと様子を伺うように顔を上げるのが安易に想像できる。顔もみてないのに。
「あの。...また、気が向いたら。ここに来ていただけませんか。」
ふわりと風がふいて、陽がこぼれる。
うっすらとみえた髪は、海の景色をそのまま透明なボトルに入れたように眩しくて、思わず目を瞑ってしまう。まるで悪いことを告白するように、こちらの様子を伺うように下げられた目尻は、もうなんというか庇護欲を掻き立てられるのだ。
−要するに、さびしいのだろう。
こんなに真っ暗で、だれも近寄らないから。
ずっとひとりぼっちで。
知り合いにいたなぁ、こんな感じの不器用なやつ。
「ね、名前は?」
「ラリマー、です」
「うん。よし。ふふ。この頼りになるお兄ちゃんが、ラリマーに外の世界のお話をしてあげよう!明日ね。」
ぱあ、暗くなった部屋ではもう表情は伺えないが、花を散らしているのがわかる。
「...ありがとう、ございます。薄荷色のおにいさま。」
相変わらず声に抑揚はないが。もうそれに、不気味さを感じることは無かった。