フランボワーズの手紙

□第一章
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耳元でリンリンと鳴り響く目覚まし時計の音に、寝起きののべっとした顔をしかめては手探りで音を止める。シーツを無駄に擦り付けるようにして身体を起こす沖田総悟は、ベッドから降ろした足の裏から伝わる冷たさに身震いをした。



スリッパは部屋の隅っこの方に乱雑に並んでおり、どうしてそこにあるのか、どうしてそこで脱いだのかは本人も覚えていない。



冷水で顔を洗い、ようやく目を覚ました沖田はまだ身体に残る眠気を欠伸と共に外へ出しながらコーヒーを淹れるためのお湯を沸かす。



先月までは、彼が起きてリビングへと入れば直ぐにコーヒーの苦い香りが鼻をくすぐっていた。しかし今は少し埃っぽい臭いが沖田のくしゃみを誘い、掃除が面倒くさい彼はこれは寒いからだと自己解決する。



沖田が戸棚を開けると、そこにはインスタントコーヒーの瓶の奥にコーヒーミルが置いてあった。それは主人を無くして項垂れるように暗く、沖田はそのコーヒーミルを戸棚を締める際に再び一瞥した。


沖田は彼女に、毎朝淹れてくれるこのコーヒーは、一体どこで売ってるインスタントなのか聞いたことがある。その時彼女は小さく笑い、「ちょっと遠くのスーパーで売ってるよ」とコーヒーの横に朝食を置いたのだ。



今思えばあれはインスタントなんかではなく、彼女が毎朝豆を挽いてくれていたことが沖田には分かった。しかし、分かった時にはもうこの家に彼女の姿はなくて、だからこそ自分で淹れたインスタントの苦い味が口いっぱいに広がる。



過去の追憶に引っ張られていた沖田は、少し焦がしたトーストをかじってはコーヒーで流し込む。皿洗いは帰ってから、と胸の内で呟きながら流しの中の昨日の皿の上に今朝のを重ねた。



コーヒーを入れていたマグカップは軽く水ですすいでから流しに置き、シワのついたワイシャツに袖を通す。自分で洗うよりもクリーニングに出した方がいいかと思うが、取りに行くのも出しに行くのも出不精な沖田にとっては苦痛だった。



しかし彼は彼女と暮らす前は一人暮らしをしていたのである。

だから食事も料理も掃除も慣れているはずなのだが、同棲を始めて、そうして同居に変わった頃にはもう彼は一人では何も出来ない男に成り下がってしまったのだ。



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