フランボワーズの手紙

□第四章
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今一度、「手紙が来た」とリンに連絡をした。返事は相も変わらず素っ気ないが、それで良い。決して重ねた嘘を気取られぬように振る舞おうと、朝食のコーヒーは冷めてから一気に飲み干す。


いつもより苦めに作ったそれは緊張やら後退心やらを喉の奥へと流し、口の中に残ったものは覚悟だけだ。


嘘は重ねるものである。嘘と嘘、時に真を重ねていく内に、真実へと変わるのだ。嘘も貫き通せば真実と言うだろう。それと同じことだった。



俺の書いた手紙を読む彼女の姿を、薄く伏せた目で一挙一動観察する。バレてしまったか、バレてしまうのか、ヒヤヒヤする焦りは汗となって背中を伝っていく。


読み終わったようで、手紙を折り目通りに戻し、それを封筒に入れた。そして小さく、見逃してしまうくらいの笑みを浮かべ、席から立ち上がる。



『ありがとう。返事を書きたいけど、送り主の名前も住所も書かれていないから無理そうね』

『……そうみたいだな』

『また送られてくるかもしれないから、その時は教えて』



「それじゃあね」と俺に背を向けて歩き出す。後ろ姿しか見えていないが、俺から離婚届を受け取り、家を出て行く彼女の後ろ姿とは対極的に異なっていた。

現時点ではバレていないと解釈しても良いのだろう。しかし、彼女はあの手紙を喜んでいるのだろうか。それとも、単なる暇つぶしとして最適だと認識したのかもしれない。



どちらにせよ、俺はこの手紙でリンが俺と離婚しようと思った理由を探す。そして彼女の中にまだ俺という存在が暖かな感情の中にいるのか、冷たい泉に沈められているのかを見極めるのだ。


本日の待ち合わせ場所であるのは、あの思い出のカフェである。コーヒーの苦い匂いが広がるこの空間で、目を瞑れば落ち着くことが出来た。

始めた嘘に少し後ろめたさを感じてしまうが、ゆっくりと瞼の裏に自分が書いた手紙の内容を思い映す。



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