パナケイア

□第二章
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『来島また子、よろしくっス』

『ユキです。よろしくお願いします』



差し出された手の平。おずおずと自分のを伸ばせば、引っ張られるように手を握られる。久しぶりに人と交わした握手……というか、最後に誰と握手したのかも思い出せないくらいであり、もしかしたら本当は誰とも握手をしたことがないのかもしれない。


我がパナケイア一族の唯一の生き残りである私をやはり狙う者も多く、彼女は私の警護に付くそうだ。確かに前の主も、そのまた前の主も奴隷のような扱いをしつつ私に護衛を付けていた。



『――来島さん』

『堅苦しいの苦手なんで、また子でいいっスよ』

『では、また子さん』



「なんスか?」と小首を傾げたことによって揺れる馬の毛並みのような金髪。柔く、指通りの良さそうなその髪は開いた窓から流れる風によってサラサラとなびき、彼女の頬をくすぐる。



『私はここで、何をすれば良いのでしょうか』

『何をって……そうっスね、普通に過ごせば良いと思うっスよ』

『普通……』



いつも通りという私が誰かに買われた時と同じにすれば良いのなら、まずは布一枚という薄手の服に着替えては手足をベッドに固定するように縛り、主人を受け入れるということ。しかし彼女はそういう意味で「普通」という言葉を選んだわけではないことは明白だ。


私にとって、普通の人の普通が難しい。私自身普通ではなく、異邦人のような生き物である。だからこそ指示がないと何をしたらいいのか分からないのだった。



『することないなら、何か本でも読んでるっスか?』

『本?』

『ちょっと持ってくるっス』



私の返答も聞かずに出て行ってしまい、部屋にポツンと一人で残される。まだ他人の匂いが消えないこの部屋に居づらく、思わず周りを見回した。


引かれている大きな布団に黒光りの小机。違い棚には高価そうな花瓶に造花が生けてあり、安易に触れれば崩れてしまうかもしれない。

そんな怖さを兼ね備えた紙で出来たハリマツリ。この花を造花で見るのは初めてで、一体誰の趣味なのだろうか。



部屋を見回し終わった私はゆっくりと目を瞑る。何かに怯えずに瞼を閉じたのは久しぶりで、ほんの少しだけ気分が軽くなった気がした。




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