パナケイア
□第五章
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目が醒めると、知らない世界だった。
……なんてことはなく、ただ単に私が使っていた部屋は神威という夜兎によって壊されてしまったからだ。誰も使っていない部屋だったのか、い草の匂いが部屋に充満している。
もう少しだけ眠ろうかと羽毛布団を被ろうとしたが、そんな考えを持った自分に驚いて飛び起きた。いつもだったら今日は何をされるのかビクビクと身体を震わせて怯え、早く一日が終わることをひたすら祈っていたのである。
そんな私がまさか平和ボケしてしまったのだろうか。これは良いことなのか悪いことなのか、どちらにせよ、この高杉晋助が率いる組織は割と居心地が良い。
彼が私と交わした「優しくする」という約束を守ってくれるのならば、ここはもう怖い場所ではなくなるのだ。
『ユキ、起きてるっスか?』
襖越しに聞こえたまた子さんの声。慌てて髪を手ぐしで溶かして着流しの前を締め、「はい」とつんのめった声で返事を返す。私の返答を聞いた彼女は、少々隙間を開けて私の姿を捉えてから、大きく開けた。
『……昨日は、大丈夫だったっスか?』
おそらく彼女は神威のことを言っているのだろう。すぐに大丈夫だと私は頷けば良いのだが、彼女の縮こまる態度が気にかかる。思わずまた子さんはどうしたのかと考えてしまったことによって沈黙が生まれ、そのせいか彼女は余計に悲しそうに目尻を下げた。
『約束、破ってごめんっス……』
『約束……』
約束。一瞬だけ忘れてしまうも、すぐに何のことか思い出す。悪く言いたいわけではないが、明朗快活そうに見える彼女がまさかあの約束を本当に守ろうとしてくれているとはほんの少しだけ信じていなかった。
そのため私もつられて謝りそうになり、どうしてと聞かれてしまえば彼女をさらに傷つけてしまうため、「大丈夫ですよ」と返す。だがこの言葉は、どうやら彼女には何の安心材料にもならないみたいだ。
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