パナケイア
□第六章
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『……そろそろもう一度来るのではないかと思ってました』
落ち着いたユキの声と態度に、少々面を食らったような顔を見せた神威は、その後「へぇ」と口元をニヤリと曲げる。そうしてこじ開けた窓から手を離し、彼女の元へと近づいた。
登場は前と変わらず月夜の晩。まるで夜の兎は月から来ているようで、それにユキは胸の中で小さく笑う。
『諦めたと思わなかった?』
『諦めたような顔をしてなかったので』
『……そっか。なら話は早いや』
「俺と来なよ」と神威は彼女へ向けて手を差し伸べた。しかしユキは黙って首を横に振り、部屋のタンスの上から箱を下ろす。彼女の手一杯に抱えられるくらいの大きな箱には、いろんな種類の菓子が入っていた。
『随分甘やかされてるもんだ』
『私もそう思います』
クスクスと笑ったユキを穴が空くほど見つめてくる神威に、彼女は箱の中から自分の一番お気に入りのお菓子を渡す。開いた窓から吹き抜ける風が髪を揺らす中、二人並んで月を見ながら食べ始める。
『せっかく餌付けしようとしてたのに、これじゃあ俺が餌付けされてるよ』
「全く」と溜め息を吐いた神威はポケットから幾つかの飴を取り出して彼女の箱の中へ入れた。ユキは興味津々に神威から貰ったものを手に取って見つめ、キラキラした視線で彼に「これは?」と問う。
その好奇心満載な目に負けた神威は、もう一度溜め息を吐いてから「イチゴ味の飴だよ」と教えた。
『あめ……本当だ、イチゴの味がします!』
「美味しい」と口元を緩めるユキを見ては頬杖をつく。この間自分が腕を折られたことなど忘れてしまったかのように笑っているため、神威は少々やりにくそうに眉を顰めた。
「これは諦めるしかないのか?」と悟った神威は背中を倒して畳に寝転び、声にならないモヤモヤとした感情を吐き出す。そんな彼を、彼女は不思議そうに小首を傾けて見ていた。
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