パナケイア

□第七章
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彼らが侍と過ごし始め、カラリと晴れた空が青い天井に見える日。


彼女はヒラヒラと舞う蝶の羽ばたきに惹かれてその姿を追いかける。兄は「ダメだよ」とその背中を引き止めるように声をかけた。

しかし彼女は「大丈夫」と無邪気に笑い、森の奥へと進んでいく。兄はそんな彼女の後を見失わないように追いかけた。


だが、その道中で彼らのいた天人の部隊に見つかってしまう。彼女は簡単に捕らわれ、自らに助けを求める声を聞いた彼はその声のする方へと駆け出した。


そこには妹に鋭く尖る刃をあてがい、ニタリと不気味に笑う天人の姿に彼は息を呑む。呼吸の仕方を一瞬忘れ、すぐに現状を把握した彼は妹に手を出さぬよう懇願した。

天人はまた自分たちの力になることを彼に約束させて彼女を解放しようとするも、気が変わったと言っては彼女に刃物を振り下ろす。


しかしその時、彼女に振り下ろそうとする刃物を弾き飛ばした男が現れた。その男は彼女に腕を治療してもらった男と同一人物であり、たまたま見回りとしてこの付近をうろついていたようだ。

だがその男が一人増えたところで多勢に無勢は変わらない。天人の手には未だ彼女が人質になっており、このままでは妹も、この男も失うと判断した彼はコッソリと天人にバレないよう、一つの対案を男に出した。



『俺を殺してほしい』



彼の提案に男は顔を顰め、「何言ってんだ」と言う。しかし自分が居なくなれば、パナケイアは妹だけになる。そのため妹は殺されずに済むというわけであり、彼の言葉の意味を理解した男は唇を噛み締めた。


自分一人では大勢の天人を倒したところで彼女を救い出せる可能性が低いこと、それしか方法が無いことに悔しさを感じ、男の唇からは血が滲み始める。兄として彼は覚悟を決めており、その表情はどこか柔らかい。

そうして妹の方を向いた彼は、にっこりといつものように優しく笑って彼女に声をかけた。



『ユキ、大丈夫』
『ユキ、お前は生きるんだ』
『ユキ、だいすきだよ』



自分の溢れる想いを全て伝えるように彼女の名前を呼ぶ。天人は何を言っているのか分からず、彼の奇行に思わず固まってしまう。

そんな中、男だけが刀を振り上げ、天人や彼女が何かを言う前に彼の首を刎ねた。




彼女はその日、たった一人の家族を失った。

男はその日、自分が不甲斐ないことを思い知った。




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