長編物語〜不老不死魔女さま〜

□第一章:魔女さま
1ページ/1ページ

「あら、魔女さま。御機嫌よう。」
多彩な花が咲き乱れる春に、一人。黒いコートを身にまとった女性がいる。颯爽と歩く姿は周囲の様相と相まって一層目を惹く。煉瓦の道、建物も彼女の魅力を引き立てている。
「御機嫌よう、クリス。暫く見ない間に随分大人になったね。」
黒服の女性──ヴィクトリアは全ての呼びかけに丁寧に答えながら、街の中心部へと向かっていた。「魔女さま」と呼ばれる彼女は、小さな国、グローの皆から慕われている。国といっても小さな街ひとつが国になったようなモノで、住人は皆、「国」とは言わず、「街」と言う。周りの国との国交も円滑で、平和な平和な、豊かな国だ。
「さて、皆。困り事はあるかい?」
半年に1度だけ。魔女さまは山からおりてくる。皆の困り事を聞きに、山からおりてくる。科学ではどうしようもない、不思議な困り事を聞きに。
「それがねぇ……」
魔女さまの問いかけに、皆がざわつく。一瞬にして不穏な空気になる。顔を見合わせ、魔女さまの顔色を伺う。
「まさか、なにか…!」
ヴィクトリアはあらゆる危機を思い浮かべる。隣国との争いがあったのか、それとも何か他に……。
「なーんてな。困り事なんてな、何にもないわい」
初老の男性が笑を浮かべながら大きな声で言った。
「なんだ、驚かさないでおくれよ。」
ヴィクトリアは安堵の表情を浮かべ、声の主と、皆に目をやった。
「ま、たまにおりてきたんじゃから、刺激が欲しいかと思おて、のぉ?」
──こんな心臓に悪い刺激はたまったもんじゃないわ──と心の中では非難しつつ、ヴィクトリアは!何も無いなら良かったよ、と苦笑いした。爽やかな風が黒いコート通り抜け、コートの裾が舞い上がる。よく晴れた春の日の一場面…。

魔女さまが山から中心街へやってきたその夜、宴が開催された。街にいるものは皆、街の中心部の広場に集まり、魔女さまを囲んで談笑し合う。春野菜を使った様々な料理、そしてたくさんのアルコールが用意されていた。愉快な演し物に、魔女さまも本当に楽しそうに笑う。私も一興、と口から手から火を噴く。噴いた火は1箇所で燻り、炎のドラゴンとなって天高く舞い上がった。宵の春、良く澄んだ空が炎で朱に染まったと思うと、次の瞬間にドラゴンは七色に弾けた。
「張り切りすぎてしまったかしら?」と言い、魅力的に笑う魔女さまであるが、ふとした瞬間に影が見える。しかし、誰も魔女さまの影には気づかない。魔女さま自身も気づかない。魔女さまは、皆が思う理想の「魔女さま」を演じているだけ。魔女さまは自分の気持ちがわからない。分からないまま、もう何百年と経ってしまっているのだ。

宴もたけなわ、皆が酔い、注目が薄まってきた頃にヴィクトリアはそっと会釈をし、自宅がある山へと帰っていった。

「ただいま…」
誰もいない部屋にヴィクトリアの声が響く。先程の宴の騒がしさもあって、いつもより静かに感じている。祭りのあとの侘しさだな、と独りごちて、風呂にも入らず布団へもぐった。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ