◇お話◇

□月に願うこと
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「で、コルとは仲良くやっているのか」

「はい。お互い忙しくてあまり
ゆっくりデートできないけど・・」


「ま、コルの坊はああ見えて
情熱だけは持っている奴だからな。
大事にはしてくれるだろ・・」


「ええ。大事にされてますよ、幸せです」

名無しさんが笑うと、隣にいる老人も
「そんな甘い顔を見せられちゃあなぁ」と
嬉しそうに空を見上げた。

「名無しさんさーん、終わったよ!
点検はばっちりだし掃除も完璧!」


「ありがとうシドニー、助かったよ」


本日晴天。車を磨いてドライブするには
絶好の太陽とこの青空。

今日は久々の休日、本当はもっと
寝ていたいところだが、重い体を起こして
ハンマーヘッドに直行した。

おかげで、太陽に負けないくらい
まぶしい笑顔の彼女と、頑固だけど
根はとても優しいシドに久しぶりに
会うことが出来た。




「名無しさんさん、ここに来るのは
久しぶりだよね、仕事忙しい?」

「そうね。休日が取れても、疲れちゃって
なかなかここに来れなくて・・。」

名無しさんは申し訳なさそうに
シドニーを見ると、理由はそれだけじゃ
ないでしょ、と再び彼女の眩しい笑顔が
目の前に現れた。

「将軍と付き合うことになったって聞いて
私もじいじも驚いてるんだよ。
でも嬉しさのほうが大きいかな。
ね、じいじ。」

「ま、二人ともあの王都に仕えてるんじゃ
色々あるだろうが、助け合いながら
コルを支えてやってくれ。」

名無しさんはもちろんです、
と首を縦に振った。

「コルは私にとって勿体ないほど
の人だけど、少しでも力になれたら・・」

その言葉を聞いた途端、
シドニーとシドは顔を見合わせ、
彼女の甲高い笑い声が青空に響いた。



「な、なにどうしたの?」


「だって名無しさんさん、将軍と同じこと
言ってるよ」

シドニーは「羨ましいなぁ」と言い、
被っている帽子の位置を直しながら続けた。

「10日前くらいかな、将軍もここに来て
車の点検をしたんだよ。その時に
じいじが名無しさんさんとの様子を
聞いたら・・」

ね、じいじ、と彼女がシド見た。

「お前さんのこと、俺にはもったいない
くらいの奴だ、とな」


「そ・・そんなこと言ってたの・・」


「今度は二人で遊びに来てよ。
私もじいじも二人がそろったところを
まだ見てないんだから」

「そうね、必ず来るね」


彼女と約束すると、シドニーは次の
お客が待ってるからまたね、と
その場を離れた。

「シドさんも体に気を付けてね。
またコルと遊びにくるから」


「ああ。お前さんたちもな」

名無しさんが車に乗り込み、
見送ってくれたシドにお礼を言うと
アクセルを強く踏んでハンマーヘッドを
後にした。


(さて・・天気も良いし、
これからどこに行こう。
やっぱりガーディナに行って
一人のんびりお散歩かな・・
ここから近いし・・・)

車をUターンさせてとりあえず
道路を走っていると、名無しさんは
急ブレーキをせざるを得なかった。
ファッシオ洞窟に入ろうとしている
女性を目撃したのだ。
幸い、この洞窟の入り口は分かりにくく、
女性は周辺をうろうろしている。

「・・・・大変、止めなきゃ!」


名無しさんは急いで車を路肩に止め、
彼女を追った。

入口が見つかったらしく
中に入ろうか躊躇している彼女の所に
名無しさんはシフトで素早く移動した。


「・・きゃっ!! びっ・・びっくりした」

「うっぷ・・」

シフトが苦手な名無しさんは
口を押えながら吐き気を我慢した。

「・・・ねえ、ここは危険だから入ったら
ダメよ。どうしたの?」

「・・・あの・・」


「私は大魔法術部隊の名無しさん。
こんなところに何か用があるの?」


「実は先月、彼がここで亡くなったんです。
でもまだドッグタグが見つからなくて・・。」


ドッグタグ・・ハンターが命を落として
遺体の損傷が激しかったとしても
身元確認が出来るよう、
身に着けている認識票だ。
今ではIDタグとも言われている。

遺体についていなかったとなると、
モンスターに襲われた時に引きちぎられたか
周辺に落ちているかだ。



「それであなたが探しに?」


彼女はこくんとうなずいた。
見るに、20代そこそこの女性だろうか。
かなり憔悴しているが、愛する人との
繋がりはドッグタグでしかない。
こんな洞窟に一般人が探しに行くとは
よほどのことだろう。


「メルダシオ協会に確認をとっても、
まだ見つからないしか言われなくて・・。
もう一か月も経つんです。ハンターも
忙しいのはわかってるので、私が・・」

「・・気持ちはよくわかる。でもね、
一流の腕を持つハンターでさえ命を
落とす場所に、あなたが入っていったら?
それとも彼と同じ場所に行きたいの?」


遠まわしに死にたいの?と聞くと、
彼女はふるふると首を横に振った。

「ここからは私たちの仕事。
今日中に探して見せるから、
あなたは待っていて。ね、約束する。」

そう言われた彼女は少し安堵した
表情を浮かべると、名無しさんは急いで
部下に連絡を取るべく電話を
取り出した。


「彼の名前教えてくれる?」


「・・ルーネス・オーム。
あ、あの・・・」

「了解!あなたは?」


「・・・ネル。」


彼女の戸惑いを遮るように、名無しさんは
すかさず電話の応答を待つ。

「了解、ネル。・・・あ、リーダー?」


『隊長、どうしたんですか。今日休みでしょ』


「ファッシオ洞窟で死亡したハンターの
恋人が、ドッグタグを探したいとの
要求でこっちにいるの。大至急、
手の空いている隊員を送ってくれる?」


『・・・了解・・今、大魔法部隊の
半分は討伐依頼でダスカ地方に向かって
いるので、そっちには王の剣のものを
護送車で送ります。』


「ありがとう。それからメルダシオ協会に
問い合わせて、ルーネス・オームという
男性の遺体状況を教えてもらって。」


『わかりました。このことは
俺がクレイラス様に
お伝えしておきます。隊長は・・??』


「私はこれから洞窟でドッグタグを
探してくる。王の剣のメンバーが
来たら彼女のそばについててもらうわ」


『隊長のお供で誰かリクエストがいれば
そいつに行かせますけど』


「・・うーん私一人でいくよ」

『え!?何言ってんすか!隊長一人で
あの洞窟に行かせられないっすよ!』


「まあまあ、早く誰かよこしてね、
それじゃ」

名無しさんは早々と電話を切った。


「もうすぐ仲間がくるから、あなたは
その人たちと先に王都で待ってて。
私が必ず見つけるからね。」


「・・・はい・」

彼女はか弱く返事をするのが精一杯だった。
名無しさんのスピーディーな対応と
力強さに、これが王都に仕えているものかと
同じ女性として驚愕を隠せなかった。
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