◇お話◇

□僅かな理性が崩れるまで
1ページ/1ページ



人間は欲深い。

手に入れただけでも上出来なのに、
次から次へと更なる望みを夢みて、
それを強引に叶えようとする。

今の私がそうだ。

手に入れたとたんその状況に
まだ満足出来ず、次のハードルを
越えようとやけになっている。
愛する人と想いが通じあい、
その幸せを自身の脳で感じるのは
もはや蛇の生殺しで、感じるのは
やはり体がいい。直接触れたい、
直接目を見たい。

今日はなぜかいつもの自分とは違う。
コルに会いたい。そして触れたい。
抱きしめたい。

そんなことを思いながら、突然の
「今から行ってもいい?」の電話に
快くOKを出してくれたコルの家に
車で向かった。


チャイムを鳴らし、オートロックの
自動ドアが開く。
エレベーターに乗り、彼の部屋まで
あと20歩。彼はいつも、あらかじめ
ドアを開けて待っていてくれる。
長身の彼が腕を組み、私を待っていて
くれているのが目に入った。
私の足取りも自然と軽くなり速足になった。



「・・・来たか」

腕組を解いた手は私を受け入れてくれた。

「突然ごめんね、急に会いたくなっちゃった」

「・・・そうか」

私はお邪魔しますと靴を脱ぎ、リビングに
通されるまでもう我慢が出来ず、
思い切りコルの胸に飛び込んだ。

ぎゅ〜・・・・・・

力強く彼を抱きしめる。
私も身長は低いほうではないけれど、
191センチのコル相手では、
私の顔はちょうど彼の胸の位置になる。
それがベストポジションであることが
光栄だった。


「・・・どうした、珍しいな」

珍しい・・。それもそうだ。
私は自分からこういうことはあまり
していないのかもしれない。
彼の言葉で確信した。
私からキスをしたりベッドに誘うことは
あっても、こうした可愛らしい行為は
今まで皆無だったかもしれない。

「・・今日は・・コルをぎゅっとしたい
気分・・痛い?」


「ふん、お前の力でやられるようでは
俺もこれからのシガイ駆除が楽ではないな」

「・・・・・」

そう言われたのがなんだか悔しくて
今以上に力を入れ、コルを抱きしめた。

すると彼は優しく頭をなで、リビングに
連れていかれた。


「車で来たんだろう」

「うん・・」


だったら今日は酒ではまずいな、と
コーヒーを入れてくれた。

「どうもありがとう」


大きくてふわふわのソファに
座るときも、私はべったりと彼の
隣にくっついた。
どうしてだろう。なかなか離れられない。

「どうしちゃったんだろう。今日の私。」

「そういう時もある」

彼は黙って私の隣に座り、大きな手で
肩を抱いてくれた。

「今日、お前は一日外だっただろう」


「そ、王の剣と合同訓練。」


「道理で、城内では一度も
会わなかったはずだ」

彼は一日中執務室で報告書の山に
埋もれていたらしい。

「一日中デスクワークだと、目も
肩も疲れたでしょう」


「そうだな。もう俺も若くはない」

そういうと眉間にシワを寄せ、
目を閉じた。疲れがたまっているのだろう。

「コル、目をつぶったままにしていて」

「・・・ああ」


私は彼の両瞼に手を置くと、ケアルを唱えた。
温かく優しいぬくもりが彼の瞼を包んでいく。


「どう?気持ちいい?」

「・・・ああ。かなり良くなった」

コルがゆっくり目を開け、私の顔を
見つめるとそこにはすっきりとした
顔の彼がいた。


「よかった」


「しかし今日はお前が甘えたくて
来たのだろう。
これではいつもどおり俺が
癒されているだけだ」

「何言ってるの。コルになにか
してもらいたくて来たんじゃないよ。
顔を見て、ぎゅ〜をすればじゅうぶん」

コルは何も言わなかったが、ソファに
座りながら両手を大きく広げた。

私は彼の足の間に座り、腰に抱き着くと、
彼も少し強い力で私を包んでくれた。

コルの心臓に耳をくっつけてみる。
ドクドクと波打つハートは、少し早い。

「コルはあったかいね・・・」

「・・そうか」

頭上から優しい声が降りかかる。

暫く抱き合ったままでどれくらい経っただろうか。
私が彼の胸板からようやく顔を離すと、

ぐぅぅぅ・・・と鈍い音が聞こえた。


「・・・コル?」


「すまん。飯をまだ食っていない・・・」


コルは表情を変えずにと思って
いたのだろうが、私には少し
照れ臭そうにしているのがすぐわかった。


「え・・やだ・・ごめんなさい。
ていうか私もまだだったわ。仕事が
終わったらすぐにコルに会いたくて
忘れてた。」


自分の空腹も忘れてしまうくらい
私はコルが足りなかったらしい。


「どうする、どこかに食いにいくか」

「冷蔵庫の中、何かある?」


「・・見てみろ。」

じゃあ開けさせてもらうねと
冷蔵庫をのぞいてみた。
この前私が一緒に買い物に行った際に
買った野菜や肉がまだ残っている。

「うーん。これなら何か作れそう。
サラダにパスタに・・私が作ってもいい?」


「ああ。手伝おう」

コルが料理を作ると知ったのは
つい最近のことだ。
まさにこれぞ男料理というような
豪快なものかと思いきや、
女性のように繊細で盛り付けもおしゃれに
できていた。

「本当、人は見かけによらないよね」


「・・なんの話だ」

「あはは、なんでもない。じゃあコルは
ドレッシングを作ってくれる?」


彼の手が止まった。流石にドレッシングまで
手作りをしたことがないのは当たり前だろう。


「塩こしょう、オリーブオイル、お醤油少々、
レモン汁をませれば完成よ。」


「そうか・・・」


二人でキッチンに立つのは初めてだ。
私はキノコのパスタを作ろうと
フライパンを温め、キノコとベーコンを
塩コショウ、バターで炒めながら言った。

「こうして二人で料理するのもいいね。
ワインを飲みながら味見をし合って・・」

今日はワインはダメだけど、と言うと、
コルは少し考えて口を開いた。

「名無しさん、明日は朝から勤務か」

「・・うんそうよ。コルは夜勤だから
お昼出勤よね」

「もしよければ、うちに泊まっていくか。」

「・・・え・・いいの?」

お前に飲ませたいワインがあるんだ、と
とっておきの台詞を言われたら、
断るはずがない。
コルは私をよく飼いならしている。

私も彼も、いつでも泊まれるように
下着類はお互いの家に置いてあるから
問題はない。

「も〜・・嬉しい!!大好き!」

コルは笑いながらワインを取り出し、
栓を抜いた。

二つのグラスにルビー色の綺麗な
液体が注がれる。

「じゃあ、乾杯・・」

二人とも、程よく酔いながら、
他愛のない話をしながら
夕食を作っていく。
これ以上の幸せはない。

味見して、と彼の口に炒めたキノコを
食べさせると、一言「うまい」
と言ってくれる。

ドレッシングの味見は私の役目で、
彼の指にまとわりついたドレッシングを
ぺろっとなめる。

その行動は別に狙ったわけではないが、
コルにはそれがとても官能的に見えたらしい。
一瞬、コルの目が私をとらえ、しばらく
見つめられるといきなり唇を奪われた。


「・・・・・っ・・・どうしたの・・」


「・・いや、誘っているのかと思ってな」

彼はもう酔っているのだろうか。
そういいながら彼の手は私の太ももに
這わせている。

「ちょっ・・ちょっと!料理作ってる
最中に誘うわけないでしょ!!!」

「そうか・・あとはもうパスタをゆでる
だけだろう?小休止だ」


「・・しょ・・小休止にセックス
するの!?冗談でしょ!?」

「・・悪いか」

「当たり前でしょ!おなかすいて
たまらないわよ。コルだってさっき
おなかの虫が鳴ってたでしょう!」

私の抗議は一向に受け入れてもらえず、
太ももをまさぐることを止めないコルに
焦りを感じた。


「性欲が満たされれば食欲も抑えられる」


「・・シャワーも浴びてないのに・・」


ならば今、と彼は少々強引に私の
服をはぎ取ろうとした。
しょうがないと思いつつも、たまに
見せるこの強引さが私が好きなことを
彼は知ってか知らずか、ますます
服を脱がせるスピードを増していった。

もう私は言葉を発せないほど
激しいキスに耐えなければならなかった。
しかしそれは苦痛でもない。
快楽と幸福に満たされたこの
空間はもう誰にも止められず、
激しいその行為もコルは止める事はなかった。

「名無しさん・・」

耳元で名前を呼ばれながら、彼の手は
私の弱いところを突いてくる。

もう観念したが、これで引き下がる
私ではない。

暫くはコルに身を任せ、一度
絶頂を超えたそのあとは、私も彼に
同じように快楽を迎えてもらおうと
そう誓った。

バスルームには私と彼の荒い息遣いが
いつまでも響いているのだった。

end
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ