◇お話◇

□黒のベールに包まれて
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「えーっと、ドリップコーヒーの
LとMを一つずつ、ブルーベリークリーム
チーズのベーグルに、ドライトマトと
生ハムのサンドウィッチ、野菜サンドと
ターキーチキンサンドも。」

「はい、すぐご用意しますので
お待ちくださいね」


早朝からオープンしているカフェに
感謝をしつつ、名無しさんはしばらく
朝日を見ながら店内で待っていた。

これから一日が始まろうとしている。
人生、同じことの繰り返し。
良いこともあればまたその逆も。
人はある程度決まった個々の生活ペースを
坦々と生き、その刺激としてたまに起こる
ハプニングやサプライズに心を躍らせる。

なにもないことが幸せ
生きているだけで幸せ。

以前はそう思っていたのに、いつしか
幸せとは、彼と一緒にいることに
変更してしまった名無しさんは、
我ながら贅沢になったものだ、と
呆れてしまった。

温かいコーヒーとサンドウィッチを
受け取ると、名無しさんは急いで
自宅に向かった。


「・・・名無しさん・・」

「起きた?おはよう。
うっかりコーヒーを切らせてたから、
そこのカフェで豪華な朝食買ってきたの。
冷めないうちに食べよう」


「・・・ああ」

まだ寝ぼけているのか、
コルの目はまだ閉じている。
名無しさんは彼の前に立ち、
両手で彼のほっぺをぺちぺちと叩いた。
昨夜は綺麗に剃られていた髭が、
今ではチクチクと手に刺さる。
髭が長いのも素敵だわ、
と心の中で思いながら

「早く顔洗ってきて。タオル置いといたよ」
と声をかけた。

「・・・・」

彼は目をつむったままの状態で
目の前の愛しい人を抱きしめた。

「・・・ねぼすけさん」

名無しさんは素直に抱かれながら、
寝ぐせが付いているツンツン頭を
そっと撫でた。

「・・名無しさん、今何時だ」

「6時になるところ」

「まだ時間があるな」


そういうと、コルはおもむろに
名無しさんの首すじにキスをし、
そのまま鎖骨へ移動した。

「やだ、寝ぼけてるの?」

「・・まだ時間あるだろう」


「女性はいろいろ支度しないといけないの!
シャワー浴びてメイクして。
それにコーヒー冷めちゃ・・・っコル・・」

思わず甘美な声をあげて
しまったことに名無しさんは
後悔したが、それが更にコルを
エスカレートさせた。

「言う事と感情が一致していないのは
それはそれでそそられるな。」



鎖骨から胸元までキスが移動すると、
コルは器用に名無しさんの洋服を
たくし上げ、その柔らかな乳房に
顔を埋めると、優しいキスを繰り返した。

「・・胸元にはつけちゃダメっ
今夜は・・」


「わかっている」


上半身の服を全て脱がされてると、
今度はスカートをたくしあげ
太ももを優しくなで始めた。

「ちょっ・・ちょっと待ってよ!
もー・・コルってこんな人
だったっけ?」

「今更か。遅いぞ」


「昨晩だってあんなにしたのに
足りなかったとは言わせないよ」

名無しさんは昨日の情熱的な
行為をコルに思い出させるために、
お腹から太ももにかけて
ちりばめられている赤い印を

「あなたがこんなにつけたのよ」
と見せつけた。

「・・いい眺めだ。
赤い印が首すじについてないところを
見ると、昨日は俺の理性が保たれて
いた証拠だな。」


「今も保ってちょうだいよ!
首すじにつけなかったのは偉かったね。
今日は流石にまずいから・・・。」

「だったら褒美の一つも貰っても
罰は当たらんな。」


「全く・・何も言い返せないよ・・」

結局、名無しさんたちは
冷めたコーヒーを飲むことに
なってしまった。




***


「せっかくいれたてのホットコーヒーを
買ってきたのにその意味とは?」

「まあそう言うな。城に着いたら
エボニーを買ってやる。」

二人ともコルの車に乗り、
シートベルトを着用した。

「・・男性って年を取るごとに
性欲も減少するんじゃないの?」

「俺はまだ若いということだ。」

コルは笑うとアクセルを踏んだ。


昨日は名無しさんの家に車で来て
一晩泊まったコルは今、
彼女を乗せて一緒に出勤している。


コルは今日、宿舎に泊まり込むため
例外であるが、今日はどの隊員も
車での出勤は禁止されている。

それもそのはず今夜は年に一度の
王室宴会が行われる。

王の剣、警護隊、大魔法術部隊の全員が
普段、あまり顔を合わすことのない
陛下やクレイラス、高官などと共に、
王室特別料理に舌鼓をし、
酒をたしなむ。
この日のために王都レストランの
一流シェフは半年前からメニューに
頭を悩ませ、自分の腕を最大限に
披露できる最高の場でもあった。

国を守ることの第一条件として
仲間意識を高めお互い階級は関係なく
尊敬し合い刺激し合うことだと
陛下は日頃から言及している。

そうとなればもちろん酒も進み、
無礼講も致し方ないが、
どこまで自身をセーブできるか
試されることでもあるのを、
隊員たちは知っていた。
そのため、毎年酔いに酔って
使い物にならない人間はほぼ皆無で、
酒を飲んでものまれるな、は
常に守られているのが現状だ。


「片思いが長かったけど、
毎年、コルのスーツ姿を
楽しみにしていたのよ。」

「それは俺も同じだ。」

「・・声かけてくれたら良かったのに・・」

「・・・・簡単に声など
かけられる雰囲気ではない。」

「え、そう?」


「いつも厳しい顔のお前が、この日だけは・・」


「・・・・?」

名無しさんは次の言葉を
黙って待っていたが、なかなか
彼の口から出てこない。

「綺麗だと思ってくれてた?」


名無しさんはたまらず、自分から問いかけたが

「まあそんなところだ。」と
うまくかわされてしまった。

しかし名無しさんはコルが
昔の自分を思い出してくれているとき、
かすかに目を細めて優しい
空気が流れていたのを確かに感じ、
嬉しさで胸が締め付けられた。
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