◇お話◇

□幸福の女神
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普段、コルとランチを取るなど
滅多に出来ないことが、
今日はそれが可能であったことに
名無しさんは今日が特別な日だと
改めて実感させられた。
お昼休みのわずか1時間でも
こうして時間を作ってくれたコルに
改めて感謝し、二人はレストランを後にした。



「お前はこのあと討伐か」


「そう、これからクアール退治」


「気を付けて行ってこい。
俺はこれからずっと執務室で
仕事をしているが、帰宅する際に
少し寄れるか。本当は今夜も一緒に
過ごしたいところだが、生憎、
定時で帰れそうにもない。」


「一緒にランチしただけで
十分よ、ありがとう。
じゃあ帰りに寄るね。」

「ああ。」


今日は帰りも一目会えると思うと
名無しさんは増々嬉しかった。
一日の最後に好きな相手の
顔を見られることは心の栄養剤になる。

そしてその時に、名無しさんは
彼を笑わせることと、もう一つの用事を
実行しようと決めたのだった











夕暮れ時になり、夜勤の隊員と
これから帰宅する隊員が入れ替わる。


名無しさんは部下から預かった
今日の討伐依頼の報告書に目を通し、
サインをすると明日の勤務を
チェックし帰宅の支度をした。

コルが待っている執務室に
行く途中、よく見覚えのある顔が
向こうから歩いてきた。

「よお、隊長サン!」

「あらリベルト、お疲れ様。
クロウから聞いたけど
今日は夜勤なんだって?」


「ああ。クロウへのもてなし料理は
夜食になるだろうな。」

「残念〜。私は今から帰宅だから
今年のバレンタインはご相伴に
与れないわ・・」

食いたくなったらいつでも
作ってやるぜ、と男勝りの
リベルトの両手には食材が
詰め込まれた袋がぶら下がっている。

中身は野菜、果物、そして
新鮮な肉がキロ単位。
まさに男料理にうってつけだ。

「みんなで料理して一緒に
食べるって楽しそうでいいよね。
団結力も強まるし、いいことよ。
男の料理って魅力的だしね。」

「まー料理ってのは俺の趣味でも
あるしな。ニックスはもっぱら
味見役だけどあの将軍は顔に似合わず
野菜の切り方は繊細で
狂いはないんだよなぁ。」

「へ〜。ドラットー将軍て豪快な
包丁さばきだと思ったけど
繊細なんて素敵じゃない」


人間、見た目じゃわからないなと
豪快に笑うリベルトは、
本当に楽しそうだ。

「クロウにとびきり美味しいの
食べさせてあげてね!」と
声をかけ、リベルトの元気な
返事を聞くと名無しさんは先を急いだ。



コルが仕事をしている執務室に着くと、
名無しさんは装いを整え
失礼しますとノックをした。


「名無しさん、帰れるか」

ええ、と返事をすると同時に、
名無しさんの目は彼の机にある
段ボールに釘付けだった。
その中身は言わずもがな・・


「凄い、今年もこんなに貰ったの?」


「・・・ああ」

そっけない返事は彼らしくもあり、
少々ありがたみに欠ける。
名無しさんは苦笑いをしながら

「もう少し嬉しそうな顔を
しなさいよ〜部下にここまで
慕われる上司ってそういないよ」と
付け足すと、

「そこについては感謝している」と
だけ返された。



「少し寄るところがある」と
二人は部屋を後にし、
コルが突然「こっちだ」と声をかけた。
向かおうとした先は玉座の間であり、
名無しさんは突然のことに驚きを
隠せなかった。

「陛下になにか御用なの?」

「いや・・」

それもそうだ。もう陛下がそこに
とどまる時間は当に過ぎている。
時計を確認すると20時になろうとしていた。

玉座の間の隣には応接間がある。
陛下をはじめ高官や政府官僚が
使用する場所であり、到底名無しさんには
なじみのない場所だ。

「ねぇ待って、私こんなところ入れないよ」


「問題ない、ついて来い」

「問題ないって・・ねえちょっと!」


誰もいない、巨大な広さの薄暗い応接間が、
かろうじてぼんやり明るいのは
その先にあるテラスからこぼれる外の光だ。

気品あふれる応接間を通り抜け、
名無しさんはそのテラスに通された。

「・・・・凄い・・」

名無しさんは思わず息をのんだ。
パノラマのように広がるこの世界は、
昼間の穏やかなインソムニアとは
真逆の姿で、街灯がまるで
花火のようにきらびやかに
夜の王都を照らし、華があり、
エネルギッシュな街に変貌している。

「こんな夜景がここで見られるなんて・・」


「静かに二人で過ごす場所には
ここが良いとクレイラスの計らいでな。
お互い一緒にいること、それが最高の
プレゼントだと願いは一致していただろう。」


「そうだけど・・私はてっきり
今日のランチがプレゼントだと思ってた。」


「あれは単に食事を取ったに
過ぎない。」


「嬉しい・・クレイラス様に感謝ね」


「あいつはこういうことも
長けているからな」

目の前に広がる夜景は気持ちの良い
風の音だけを運んでくる。
上にある魔法障壁の輝きが、
夜空でもわかるほど美しい。
上下左右、どこを見ても
今日という日をまるで
祝福しているかのように
光輝を放していた。


「はぁ・・美しくて溜息しかでない。
ありがとうコル。
最高のバレンタインね」


「・・ああ」



「・・・愛してる」


今まで伝えたことのなかったその言葉は
直接コルの目を見て発したわけではなく
目線は変わらず目の前の
インソムニアだったため、
彼へ向けられたものなのか、
もしくはこの夜景のことなのか、
あやふやなままだ。

まるで今の二人にまとわりつく風のごとく
自然と名無しさんの口から出たその言葉に
もしかしたら名無しさん自身も
言ったことに気が付いて
いないのかもしれない。


しかし彼は疑わなかった。
はっきりと、彼の耳には焼き付いたのだ。


「先に言われてしまったな。」


「・・え?」

何のこと?と名無しさんはふいに
彼の方を向くとそこには望むべく
彼の笑顔がそこにはあった。

「コル・・・・・・」


アラネアの「彼を笑わせる方法」を
試すこともなく、ただそこには
今まで見たことのない、額に手を当て
恥ずかしくも朗笑のコルの姿が
名無しさんの心をつかんで離さなかった。




「・・・・・本当はね、その笑顔が
欲しかったものなの。
見られて良かった・・」

ふんわりとなぞるように
名無しさんは手をコルの頬においた。


「・・・・」

彼は恥ずかしさを隠すために
目を細めるのが精一杯だった。


「じゃあ、次は私の番ね、
実はプレゼントがあるの。」

改めて、二人は向き合うと
お互いの目をしばし見つめた。
二人の目線が合わさった時
名無しさんは夜景に気を取られて
隣のコルを感じることをしばし
忘れていたことに後悔した。

仕事では決して見せない
その優しいベールに包まれた
ブルーの瞳はしっかりと
名無しさんを見据えた。

「愛刀、出してもらえる?」

「・・・・・・・刀か」

予想外の要望に多少の驚きを見せるが、
瞬時に彼の右手にそれが現れた。

「少し借りるね」

受け取った名無しさんの右手に
ずっしりと重みを感じる。
長年、コルと旅をしてきたいわば
相棒のようなものに、私は敬意を
払いつつその柄(つか)の部分に
軽く口づけし詠唱をした。

名無しさんは自身にリフレクをかけると
次にケアルガを唱え、その愛刀に反射させた。
刀にケアルガが跳ね返され、
まばゆい光りとともにそれを
吸収させることに成功した。


「これは・・・・」

コルはその不思議な力が宿った刀を
受け取ると、まじまじと見つめた。



「その刀がコルの体温を感じ取って
ピンチだと判断したら勝手に
ケアルガが発動されるようにしたの。
私の力じゃ3回が限界だけどね。
ま、不死将軍には必要ないかも
しれないけどお守り変わりに。」


「驚いたな・・・・」


「戦闘中、ポーションを
使う手間が省けるでしょう。
余計なこと・・かもしれないけど、
これでも体のこと、いつも
心配してるのよ。」


「ありがたく受け取ろう。」

コルの両手が名無しさんを抱きしめたい
衝動に駆られる。
しかし素直にそれができないのは、
場所の問題とともに、もしかしたら
物陰にクレイラスと陛下が
隠れているのでは・・と
若干的外れな考えが頭をよぎったからだ。

勘が鋭い名無しさんも、
それを一瞬にして見抜いた。

「ねぇ、クレイラス様、
もうお帰りになったって
100%言える?」


「いや、気を緩めないほうが無難だ」

二人は笑った。
じゃあせめてこれくらいは・・と
お互いの手を絡め合い、
固くつないだそれは
暫くそのままの状態を
保ちたかったが一瞬にしてそれが崩れた。








「はっくしょい!!」


「!!こらレギス!!」


「・・クレイラス・・すまん・・」



コルは「やはりな・・」と
大げさに大きくため息を着き、
的外れどころか的を得ていたことに
肩を落とした。


名無しさんもすぐに手を離し
コルから体を離すと
「それにしても夜景、綺麗〜」と
取ってつけた台詞しか言えなかった。

二人は頭を抱えて苦笑い
するしかなかったが、心は
幸福で満ち溢れていることに
全く変わりはなかった。



Happy Valentine's Day!!!
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