◇お話◇

□ノスタルジア
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名無しさんは隊員たちをデートに
送り出すと、一人トレーニングルームに
向かった。

隊員たちが手合わせを行っている
道場の隣に設置してあり、
色々なマシンが揃えてあるが
何か一つだけを集中的にやっても
全身の筋肉は鍛えられない。

全部のマシンをじっくり
こなしていくことで
すべての筋肉を開花させるのを
名無しさんは知っており、
一人黙々と汗を流した。

女性が一点を見つめながら鍛え上げ、
時折見せる首すじから滴る光るものを
タオルで拭くしぐさに、男性部員は
固唾を飲んで見つめるものも少なくは
なかった。


90分ほどかけてトレーニングした後、
流石に疲れた名無しさんは着てきた
パーカーを手に取ると部屋を出た。

裏庭から通る風が火照った体に
まとわりつく。
それがとてつもなく気持ちが良く、
暫くベンチでひと休みしていた。


『名無しさん』


『・・・コル将軍』



名無しさんは名前を呼ばれると
すぐにベンチから立ち上がった。

『もう上がりのはずだろ、今まで
トレーニングしていたのか』

『はい。将軍は?これから誰かと
手合わせですか。』


『ああ、グラディオラスが今
こちらに向かっている。
鍛える事もいいがお前も少し休め。』


『んー・・。そうですね』

あまり納得していない様子に、コルは
さらに疑問を投げかけた。


『・・・何か鍛える訳でもあるのか。』


名無しさんの返答を待つ間、
コルは『座るか』とベンチに
腰掛けるよう促した。


名無しさんとコルが程よい距離を
保ちながらベンチに腰を掛けると、
名無しさんはゆっくり話し始めた。



『これは部下には言ってない事ですけど・・』


『ああ、オフレコにしておこう』


『隊長であり、指導者である以上、
それ相応の実力が必要なのは
言うまでもないですが・・
でもどうしたって私が2メートル
近くある隊員に力で勝てるはずがない。』


『・・・なぜそう思う。』





『私が女だからです。』



コルは黙って名無しさんの次の言葉を
待っている。


『戦場に出れば、それこそ男女関係
ないのでしょうけど、
やはり女は非力だという、
先入観がどうしてもあると思うんですよね。
まあそれについてはしょうがない
ことですし、納得もしています。
男は狩人、女は家を守るって
役割は原点ですしね。』

『男も女も、本来の役目に適した
力を携えてこの世に生を享けている。
男は闘争、女は防守。
極端な話だが、力が女にとって
非力なら、男は家や子供を守ることに
対しては非力だろうな。』


『はい、でも男有利の
この世界で生きていくためには
女性が変わるしかない・・。
だから女性の弱点を
強味に変えられるものと言ったら
やはり体の軽さを活かした
スピードですよね』

『ああ。スピードに関しては
お前を一目置いている。
まだお前の戦闘は数える程度しか
観察していないが、それでも記憶に
残っているのは、それが秀でている
証拠だろう。』



『ありがとうございます。だからこそ、
小さな失敗ですら許されないんです。
男同士なら笑ってカバーできることでも
女性なら「だから女は」とすぐ思われる。
そう思われるとほかの数少ない
女性隊員だってやりづらくなります。

体調にしたって、女性特有の
「月のもの」の辛さも、男性にわかれ!
って言ったってそれは無理な話で。
だから今日は体調が悪くて、
なんて言おうものなら・・」

将軍にこのような性の話をするのは
ためらうべきであるが、名無しさんは
もう心も体も軍人だ。
恥じらうことさえももう
忘れてしまっていた。

そんな名無しさんの姿を、コルは
眉をひそめるどころか、
真の通った強い精神を持つ女性だけではない
なにか特別なものを感じ取っていた。

『・・考えすぎだ、お前の部下は
決してそんなこと思ってはいない・・
と言いたい所だが、そういう心持ちで
向上していくことは
あながち間違ってはいないな。』


『私の部下は優秀だし、決して
そう思っていないことはわかっています。
ま、偉そうなことを言っていますけど
早い話、単純に筋トレが好きなだけ、
ってことでこの話は〆ますよ!」

あはは、と笑った顔は、
いつもは張り詰めた神経で
上がりっぱなしの整えられた眉が
一瞬緩んだと思われたのがすぐに
理解できるほど、ほがらかなものだった。



(・・・そういう顔もできるのか・・)


男勝りでタフな精神を持つ彼女とは
反対に、その可愛らしい笑顔と
スポーツブラに押し込まれている
胸の谷間。そこから見える汗の
艶かしい体が相まって、
コルは一瞬、めまいがした。

そして自分でもごまかしきれないほど
明確に感じ取ってしまった。
もう何年も忘れかけていたこの感覚・・


(まずいな・・・)と思いかけていた時、

名無しさんの声で目が覚めた。

『あ、誤解しないでくださいね。
私、差別も嫌がらせもされてるわけでは
ないですよ。ただほら、よく映画や
ドラマであるじゃないですか。
ここでは男も女も関係ない!とか
言っておきながら、なにか女性に
不利なことがあるとこれだから・・・
っていうセリフ。もう何回聞いたか。
脚本家の陰謀ですかね』




どうだかな、と口を開こうと
した瞬間、後ろから聞き覚えの
ある声が廊下に響いた。



『将軍!』



『グラディオラス、来たか。』



『こんにちわ、グラディオラスくん』



『名無しさんさんも来てたんスか!』

『・・本来なら私の方が
グラディオラスくんにも
敬語を使うべきなのに・・』

『いいんスよ、いくらオヤジの部下
だからって18の俺にまで。』

『・・まだ18歳なんだっけ、若いわ・・。』


『グラディオラス、準備は万端か』

『ああ。今日こそ将軍を負かす、
覚悟してもらうぜ』

『ふん、威勢がいいのは口だけでは
ないことを証明しろ』

言葉とは裏腹に弟子の成長を見守る
その温かい目に、名無しさんはコルの
以外な一面を見てしまった。

(へぇ・・そんな顔するんだ)

とはいえ、その瞳から伝わる
優しさはわかりづらく、
名無しさんだからこそ気が付くことだと
言っても過言ではない。



『じゃあ、グラディオラス君、頑張ってね。
将軍、話を聞いてくれて
ありがとうございました。』


『・・・・名無しさん』



『はい。』



『自信を持て。今のお前は
部隊の隊長として十分相応しい。
部下との絆、信頼関係も
俺は評価している。』



『ありがとうございます。』



またあの笑顔を見せつけられ、
コルは視線を無理やり外すと

グラディオにさっさと始めるぞと
強引に道場に押し込もうとした。

するとグラディオラスが
『隊長!』と名無しさんの腕を引っ張ると
耳元でなにやら彼女の耳にささやいた。

『俺のこと、グラディオって呼んでくれて
いいっすよ。俺も名無しさんって呼ぶから。』

これには名無しさんも驚いたが、
しょせんはまだ10代の若い男子、

『わかったよ、色男のグラディオ』
と返したら整った顔がニヤリと変化した。

扉が閉まり、コルは木刀を手に取ると
いつでも準備はできていることを示した。


『なあ将軍、名無しさんって
付き合ってるやついるのか?』


『俺が知るわけないだろう。』


『タフな女がタイプな男なら、
ほっとかねぇよな。まあ普通に
考えて、いるんだろうな』


『おい、さっさと始めるぞ』




グラディオラスも木刀をゆっくり
構えると、コルを見据えながら



『・・・名無しさんってまさに
将軍のタイプって感じだよなあ』

と口にした。




二人ともじりじりと間合いを
取るが、どちらとも先手を
打つ気配はない。

グラディオラスが答えを
待っているからとも見て取れ、
コルはしょうがなく口を開いた。




『勝手に決めつけるな。
無駄口を叩いてないで
さっさとかかって来い。
それとも怖じけづいたか?』



『・・・・へっ誰が!!!』



グラディオラスは勢いよく
将軍に飛び交った。
コル自身も、名無しさんへの
想いを勘違いだと断ち切るように
グラディオラスの一撃を交わそうとした。
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