◇お話◇

□香り高き・・・
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執務室のドアをノックし、
ドラットーの「入れ」の声が
聞こえたことを確信すると、
名無しさんは失礼しますと
ドアを開けた。

広いテーブルに散乱している
資料を目の前に広げ、二人は
椅子に座らずに立ちながら
話し合っていた。

「名無しさん。ちょうど良い、
今、お前にも確認してほしい
事柄があってな・・」

ドラットーは資料を名無しさんに渡した。

「今度の国防会議の警備の事ですね。
クレイラス様からお聞きして、
こちらに来ました。」


「そうか。今、コル将軍と
話していたが当日はそこまで
大人数の厳重な警備は
必要ないだろう。
そこに書いてあるが、
王の剣と警護隊、お前の部隊の半分は
警備につき、残りは城に
残るよう手配するつもりだが。」

「そうですね・・」

名無しさんは手渡された書類に
目を落とし、一通り読んでみた。
ところどころメモされているこの自筆は
コルのものだとすぐにわかった。

しばらく読んでいる間、
将軍二人の視線は自分にあることを
痛いほど感じており、
名無しさんは気恥ずかしさで
苛まれていた。

「これで問題ありません。
私は当日城に残って、ここで普段通り
警備します」

名無しさんは二人を交互に見ると、
聞きたかった声がようやく響いた。

「会議の警備を担う隊員が決定次第、
リストにして俺かドラットー将軍に
渡してくれ」

「はい」

ではここにサインを頼む、と
ドラットーは私に背を向けたのを
確認すると、名無しさんはちらっと
コルのほうを見た。
するとまたすぐに彼と視線が合わさり
名無しさんは(久しぶりね)の想いを込めて
うっすらとほほ笑むと、コルも一瞬
口角が上がった。


「名無しさん、ここに署名を」

「はい」

ドラットーからペンを手渡され、
名無しさんはサインがしやすいよう右耳に
髪をかけた。耳たぶから光るピアスが
あらわになり、そこから下へ向かう
うなじのラインがいつも以上に
「女」らしさを感じさせる。
彼女の右側に立っていたコルは、
その姿を数秒間目に焼き付けていた。


「この書類、クレイラス様に
お渡ししますか?」

「ああ。これは私とコル将軍が
届ける、お前は帰っていいぞ。」

「ありがとうございます。
じゃあせめてここ、片づけておきますね」

名無しさんは笑いながら机に散乱している
メモやら書類やらに目をやると、
ドラットーはすまんな、と謝罪した。


「ところで、今日は講義だけだから
その恰好なのか」


「あ・・これ・・そうです。
でもみんなから色々と突っ込まれて、
やっぱり制服の方がよかったですね。
スーツだとそんなにいつもと違います?」


「・・まあ、うまく化けてはいるな」

「どういうことですかそれ!」

ふんと鼻でドラットーに笑われたが、
彼なりの誉め言葉だろう。
名無しさんは片づけていた手を止め、
次はコルを見つめた。


「コル・・将軍は、こういう格好
お嫌いですか?」

そういいながら、再び髪を耳にかけた。


二人の関係をまだ知らない、
第三者のドラットーがいながらも、
名無しさんがコルに発する誘惑とも
見て取れるその姿に、思わずコルは
ぞくりとした。

暫く間があいたが、コルは

「うまく化けたな。」とごまかした。


も〜!!という可愛らしい名無しさんの
不満な声に笑いながら「あとは任せた」
と二人の将軍は出て行ってしまい、
この部屋に一人取り残された。






「ゴホン・・痛い・・・」

喉の痛みが増してきた名無しさんは、
さっさとこの執務室を片づけて
帰ることにした。

コルと一目会えたのはいいけれど、
やっぱり物足りない。
もっと話したかったし触れたかった。
ドラットーに私たちの交際を告げていれば、
気を利かせて二人きりにさせてくれたかも・・
など悶々と考えながら駐車場に向かった。


運転席に座り、エンジンをかける。
誰もいない駐車場。静かでひんやりとする
この空間に、名無しさんはしばらく
目をつぶった。

頭の中には、今朝見たドラマの台詞、
『私のこと好き?』がぐるぐる回っている。
きっとコルに言えば
「当たり前だ」とか「急にどうした」とか
言うのだろう・・・・。

そんなことを考えていると、
窓をコンコンと叩く音で目を開けた。


「コル!」

名無しさんは急いで運転席の窓を開けた。


「間に合ったな。忘れ物だ。」



「書類?・・これ必要だっけ」



「口実だ」

お前に会うための・・と付け加えられ、
名無しさんは嬉しさを隠せなかった。

「ありがとう。最近会えて
いなかったから嬉しい。」

名無しさんは運転席から降り、
車の横に二人並んだ。

誰もいない駐車場、少し薄暗く、
二人の感情を高ぶらせるには最高の
場所だが、お互いやはりどこか遠慮がちだ。
しかし誰が見ているかわからない
この緊張感でタブーを犯してしまうのは
大人の遊びには最高に刺激的である。

「ドラットーに俺達の関係を話した。」

突然のコルの告白に、
名無しさんは「えっ?」と思わず
声を上げた。

「あいつも、お前のその姿を
やけに気にしていてな。
あれで誘惑する相手でもいるのかと
聞かれた。」

「・・・それで名乗り出たわけ?」


「ああ。暫く固まっていたがな」

そのドラットーの状態が相当
おかしかったらしく
コルは思い出し笑いを
隠しきれなかった。

「そう。でもこれですっきりしたかも」


「そうだな。しかしその恰好、
ドラットーではないが
目の保養には良いものだ」



「誘惑・・してほしい?」


「・・・・・・・」


ごまかしてもすぐに見抜かれそうな
そのまっすぐで青い瞳は、なにかを
物語っている風にも見えた。
コルは何も言わず、ただ右手を
名無しさんの頬に当てた。

コルから、ミントのさわやかな香りがする。
時折、小さく口を動かしていて、
ミントのキャンディーを
口に含んでいるのが分かった。


その良い香りに刺激され、
名無しさんは少しくらいなら・・と
この薄暗い場所をいいことに、
コルの太ももを優しくなでた。


「・・・名無しさん」

静かに名前を呼ぶコルはいたって
冷静で名無しさんは困惑した。


「ごめん、冗談。ここでは控えるわ。
喉が痛いから、そろそろ帰るね。
コルにうつすと大変。」


名無しさんは車に乗ろうとドアに
手をかけたとたん、コルは勢いよく
名無しさんの首に手をまわし、
少々強引に自分の顔に近づけ、
ピンクベージュで潤っている
名無しさんの唇を奪った。



「・・・っんんっ」

まさか舌まで入ってくるとは
思ってもいなく、そのミントの香りで
自分の口内も同じ香りになったのを
確認すると、名無しさんは素早く
唇と体を離した。



「・・っはぁ・・コ、コル、
嬉しいけど、誰か来るかもしれな・・・」


そう言いかけた名無しさんを、
またも強引に腕を引っ張られ
コルは彼女を胸板に収めた。

耳元で「まだだ」とささやくと、
再び名無しさんの口内を犯し始めた。
しかしそれはとても優しく、とろけるような
感覚で、名無しさんはくらくらしながら
それを味わっていると、
口の中に温かいものがコロン、
と滑りこんできた。


「・・・・ミントキャンディー」



「喉が痛いのだろう。
あいにくそれが最後の一つだ」




「・・コルって本当、エッチよね」

名無しさんは赤い顔をしながらコルの
肩を軽く叩くと、彼は
「お前程ではない」と笑った。


「ねぇ、恋愛ドラマでよく聞く
台詞、言わせて」


「恋愛ドラマ?」



「私のこと・・・好き?」

なにを今更、と思われただろうが
軽く笑ってあしらいながらも
最終的にはきちんと答えて
くれるところがコルらしい。


「見くびるな。好きでもない奴に
こういうことをするほど俺は
軽い男ではないぞ」



「・・・・流石。やっぱり将軍は
言うことがいちいちカッコいいわ。」


コルはふっと笑うと「早く帰って休め」と
運転席のドアを開けてくれた。


「ねぇ、明日、仕事が終わるまで待ってる。
続きが・・・したい」

運転席に座ったことで、
コルを見上げる体制になる。
上目遣いでそんな台詞を言われ、
彼はどうしたものかと小さくため息をした。


「もうこれ以上、誘惑はやめてくれ。
俺はまだこれから仕事だ。」


「あははは、何よそれ!」

名無しさんはそういいながら車の
エンジンをかけ、再びコルを呼んだ。
覗き込むコルの顔に近づき、
さっきされたことを名無しさんも
同じようにコルにしてやった。
少々強引に彼の唇を奪うと、
貰ったミントキャンディーを再び
彼の口に返した。


「・・・・・・・」


「喉はもうしっかりと潤ったわ。
ありがとう、ごちそうさま」



「・・これ以上やると
本当に今ここで・・」


「私は全然構いませんよ、コル将軍。
もう公認の仲ですしね?」

フンと鼻で笑って余裕の姿の名無しさんに
コルも苦笑いをするしかない。

「そうだろうな。いいからもう帰れ。
続きは明日に持ち越しだ。」

「・・楽しみにしてる。
じゃあコルも気を付けて」


コルは名無しさんの車を見送り、
ガランとした駐車場に一人になると
暫くその場に立ち尽くしていた。

口の中のミントキャンデーがいつまでも
なくならないでほしいと、
名無しさんの姿を思い描きながら
切に願うのであった。



END
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