◇お話◇

□月に願うこと
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情報や伝達の速さはさすがだ。
名無しさんが電話をしてから10分も
経たないうちに、一台の護送車が
こちらに向かってくるのが見えた。

「来た来た。ねえネル、王の剣て知ってる?」

少し震え気味の彼女の肩を
そっと抱き、話題を振る。
するとネルの口から以外な言葉が発せられた。

「はい。よく王都広報に載っていますよね。
それに・・名無しさんさんのことも。」

「私?あー、たまにしか載ってないけど、
使われてる写真もなんかいまいちなのよね」

あはは、と少しでも彼女の不安を
和らげようと大げさに笑った。
すると彼女もそんなことありません、
お綺麗です、と小さく微笑む顔が
見られて、名無しさんも少しホッとした。


「隊長、おまたせさん、と。」

「ニックス、悪いね。このお嬢さんを
王都城までお連れして。」

彼女はニックスを見ると
あっ・・と一瞬驚いた。
広報には女性が喜ぶためか、
ニックスが一番良く取り上げられていたので
一部には有名なのだ。

「ニ、ニックスさんよろしくお願い
します。」

「こちらこそ。なあ、あの路肩に
止まってる赤い奴、名無しさん隊長のだよな?」


「そうなの。悪いけどあの車で王都
まで帰ってもらえる?駐車場に適当に
突っ込んでくれれば助かる」


「あの車に傷がつかないようにか。
神経すり減らすな・・」

ニックスは頭を掻きながら車を見つめると、
そうそう、と名無しさんにヘッドセットを
渡した。

「・・TシャツにGパンにヘッドセットって
全然合わないね」


「そうでもないさ、私服警護隊て
そんな感じだろ」

・・確かに。と名無しさんは納得し、
耳にヘッドセットを付けると
ネルの両肩を抱き、彼女の優しく
切なそうな瞳をじっと見据えた。

「行ってくる。絶対に見つけてくるから、
待っていてね。」


「・・・はい。あの・・ありがとう
ございます。どうかお気を付けて」


ニックスにも気をつけてな、と軽く
挨拶されると二人は車に向かっていった。

護送車を運転してくれた隊員も
帰るのをここで待っていると言い
名無しさんは改めて気を引き締め
暗黒の洞窟に足を運んだ。



***



「・・しかし名無しさん隊長は
いい車に乗ってるな。」

恨めしそうに見物したあと、
助手席のドアをあけてネルを座らせた。


「さて、これから城に向かいます。
安全運転に努めますがなにか不具合が
ありましたらお申し付けください。
城に着いたらまず陛下にお会いし
ていただきます。」



「・・・あの・・・」


「はい」


「名無しさんさんは一人で
大丈夫なのでしょうか。その、いくら
大魔法術部隊と言えども女性ですし・・」


「ま、同姓としては心配だよな。」


「・・・・」


「大丈夫ですよ。ああ見えて凄腕ですから。
それに・・・・・」


「・・それに?」

何かを言いかけたニックスだったが、
いや、と話しを終わらせアクセルを踏んだ。



***



フォッシオ洞窟はほぼ一本道で
迷うことはないが、なんせ暗くて
足元が全く見えない。

ライトで照らしても、目を凝らして
隅々まで探さなくては、小さい
ドッグタグを見つけるのは難しいだろう。


名無しさんはライトを照らしながら
ゆっくりと進み始めた。


「まさか休日にここに来るとは
思ってもなかったわ・・・」

それにオフの日、一人でここに入り
個人的な討伐を行っている。
勿論、なんらかの処分は避けられない
だろうが、名無しさんはどうしても
彼女をほっておけなかった。


「大切な人が亡くなったうえに
タグも見つからないなんて想像以上に
辛いわね・・・」


ネルの気持ちを考えると
名無しさん自身もふさぎ込みたくなる
感情が沸いた瞬間、目の前の道も
モンスターが湧き出始めた。


「まったく。感傷的な気分にも
浸らせてくれないのね!」



モンスターはインプとサンダーボム。
魔法が効きづらいため、名無しさんは
短剣を召喚した。


「また凄い数・・腕がなるわ!」

名無しさんはインプ目がけて
シフトブレイクした。




いつもは数人で片づけることに
慣れているため、一人きりの戦闘は
やはり想像以上に体力が削られる。
息を整えると、名無しさんは
再び先に進もうと足を動かした。


「・・・本当に暗くて探しにくいわ。
ここは奥の手を使うしかないか」

名無しさんは奥の暗がりに向けて
ファイアを投げ込んだ。
一面炎に包まれ、一時的にだが道すじに
光りがともされる。

鉄でできているドッグタグが燃えて
消えてしまう心配もなく、時間短縮のため
こうするしかなかった。



「ま〜よく見えるようになったこと。」

名無しさんはタグを探しながら熱さで
出てくる汗をぬぐいつつ、先に進もうとした。





「これは荒業だな」



名無しさんの背後から馴染みの声が
降りかかった。


「・・・コル!・・将軍」


「安心しろ、今は俺だけだ」

コルは愛刀を右に構えながら
名無しさんに近寄った。

「・・もしかしてうちのリーダーに
頼まれた?」



「ああ。隊長思いのやつだな。
お前が一人でタグを探しに行くと聞いて、
手の空いているものを片っ端から
探していたぞ。」

事情を把握したクレイラスは、
名無しさんの違反行為よりもまず
命最優先とのことで
すかさずコルを指名して
名無しさんのもとに行かせたと聞いた。


「・・・・・・ごめんね。」

「・・・。人助けに対する情熱は評価する。
行くぞ、お前が放ったファイアが消えそうだ」

二人はわずかに明るくなった洞窟を、
モンスターを退治しながらタグを探す
ことに集中した。




***

王都城の玉座の間では、
陛下とクレイラス、ニックスに
囲まれ、一般市民である
ネルがそこにはいた。
もちろん場違いだと感じざるを得ない
ネルの心境は、ニックスも気の毒に
なるくらい感じていた。

彼女の手が震えている。
それを見ているニックスまで
緊張が体に走った。

「ネル殿、今回のことはこちらが詫びを
入れるべきだ。即急なドッグタグの回収に
力及ばず、其方の心配も当然だな。」

「陛下・・そんな・・。私が焦りすぎ
たんです。メルダシオ協会の方々を
信用して、じっと待っていれば
良かった・・。」


ネルは頭を垂れるが、レギスはすぐに
頭を上げなさいと優しく促した。

「今、洞窟で任務を遂行している二人は
優秀だ。信じてここでまっていると良い」

クレイラスが、ニックスに応接間に
お通ししろと伝えると、ネルが
口を開いた。

「あの、二人って・・?名無しさんさん
一人で向かったんじゃ・・」


するとニックスは小さな声でネルに諭した。

「安心してください。心強い相手が
名無しさんと同行しています。」


それならよかった、とネルも納得した。




日はすっかり夕暮れ時になり、
空はオレンジ色に染まっている。
一日の終わりを告げるこの色は、
どこか切なく寂しげで、人々はみな
早く家路につきたがる。

名無しさんの真っ白いTシャツは泥で
薄汚れ、顔中に土がついていた。
隣にいるコルもまた、彼女ほどではないが
疲労が顔に現れている。

二人は玉座の間を訪ねると、レギスと
クレイラスの前に並んだ。

「二人とも、無事か」

まずは二人の安否を確かめるレギスに
その優しさが二人の疲れた心に染み渡った。

名無しさんは敬礼し、今日の身勝手な
行動を謝罪すると泥にまみれた
ドッグタグを力一杯握りしめた。

「よくやったな名無しさん。」

だが、と否定的な言葉をこれから言おうで
あろうクレイラスの様子に、名無しさんの体は
自然に固くなっていた。

「我々の立場上、これで事が片付いた
ことにはならん。」

厳しい声色のクレイラスに
名無しさんは険しい表情を
隠せなかったがどんな処分でも
受け入れる覚悟はできていた。


「・・・重々承知しています。処分に
対しては厳粛に受け止める所存です」


「・・・・・」



表情が硬くなっている名無しさんを、
コルは静観しているしかなかった。

するとクレイラスの声が少々柔らかな
ものに変化した。

「まあ、これは建前でな。何日かの
謹慎処分になるだろう。今まで働き
過ぎた分、しっかり休むと良い。
処分は追って伝達する。
さあ、そのタグを彼女に持っていけ。
応接間で待っているぞ。」


「・・・・クレイラス様」

名無しさんは感謝をのべ一礼をすると、
コルと急いでネルの所に向かった。



「私は甘いか?レギス」

ふふんと鼻で笑うクレイラスは
レギスを見た。

「・・いや。私も同感だ。」

二人は小さく笑った。





ネルに無事にドッグタグを握らせ、
彼女からの感謝の嵐と歓喜の涙、
笑顔を見ることが出来、
名無しさんたちは
ようやく安心した。

ひと段落ついたころには、オレンジ色
だった空がもう陰りを見せ始めている。
名無しさんはコルと執務室にいた。
壁の時計を見ると18時を回っている。


「今日はせっかくの休日だったが
活躍したな。疲れただろう」

名無しさんは珍しくコルが入れてくれた
コーヒーを受け取ると、その香ばしく
温かい香りにしばし酔いしれた。

「彼女が少しでも元気になれる手助けが
出来たなら、疲れも吹っ飛ぶよ。
コルも同行してくれてありがとう」


「・・いや・・。」

「・・愛する人を亡くすことって
きっと今の私では想像が出来ないくらい
辛いことだと思う・・。」

揺れるコーヒーの水面に
疲れた自分が写る。

「・・コルがもしいなくなったらと思うと
・・」


「否定的な未来の話をするな。
現実を見ろ。」

コルはしっかりと名無しさんの目を見据えた。

「俺は、ここに居る。」

「・・・そう、ね」

「今も、これからもそれは変わらない。
同じことが、お前にも言えるか?」


自分が飲んでいたコーヒーカップを
机に置くと、コルは名無しさんに近づき
彼女が持っていたカップもそばに置き、
空いた名無しさんの両手をしっかり握りしめた。


「・・・もちろん、言えるわ。
これからも変わらずに、コルのそばにいる。
それは変わらない」


「・・・一致したな」

コルがほほ笑んだ。
この笑顔は決して他の者には見せない顔だ。



「俺もそろそろ仕事が終わる。
このあとどこかに行くか。」


「・・じゃあ、ハンマーヘッドに行きましょ」


「・・ハンマーヘッド?」

「今朝、車の整備をお願いしに
行ったんだけどシドニーもシドさんも、
私たちが二人揃って遊びにきてくれるのを
心待ちにしているみたい。」

ね、行こうよ、ハンマーヘッドサンドと
ビールも飲みたいし、と名無しさんは
コルの腕を組み、上目使いで彼を見た。
いつもはあまり自分から甘える事はない
名無しさんは、たまにこういう可愛らしい
行動を起こす。それがコルを虜にしてしまう
のを彼女自身は気が付いていない。
計算高い女性ではないということだ。



「・・そうだな。ではそうするか。」





お互い自分の車に乗り、コルが先頭で
ハンマーヘッドに到着した時、
シドニーもシドも驚いたが瞬時に笑顔に
変わり、4人の話声、笑い声はしばら
く止むことはなかった。

名無しさんは愛する人が隣にいる事、
笑い声や話し声が当たり前のように
耳に入ることを感謝し、ネルもこれから
少しずつ元気を取り戻し、天国で
見守っている恋人と幸せな時間が持てるよう
空に輝く満月に祈るのであった。


END
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