◇お話◇

□黒のベールに包まれて
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夕暮れ時になり、城の中は
宴会の準備で慌ただしい。
とても良い香りが城に漂い、
今年の料理にも期待が高まる。

皆、シャワーを浴びて1日の討伐で
汚れた体を綺麗にし、決まりの
ドレスコードに身を包む。
女性はブラックドレス、
男性はブラックスーツ、
タキシード着用だ。

普段見慣れない仲間の姿を、
年に一度拝見できるのがまた新鮮であり、
そこから生まれる恋事情も少なくはなかった。

名無しさんもシャワーを浴びると
ドレスを着用し、パールのネックレスと
ピアスを装着した。
普段履きなれていないピンヒールは、
足が痛くならないことを願って
大奮発した高級ブランドのものだ。

クロウと一緒に買いに行った
新しい口紅はブルーベースの
名無しさんの肌に合う青みがかった
強い赤で、黒のドレスと良く似合った。

名無しさんのドレスは胸元と
背中が大き開いているため、
その付近には絶対にキスマークを
つけちゃダメだとコルに口を
酸っぱくして伝えたおかげで
綺麗な肌が保たれた。


隊員たちはそれぞれ着飾り、
会場に足を運び始めている。

名無しさんも準備が整うと、
執務室の電気を消して廊下に出た。



「・・また今年もうまく化けたな」

その声はドラットー将軍、と
後ろを振り返ると、スーツで
決めている彼の姿がそこにあった。

「将軍、毎年毎年同じこと言いますけど
綺麗だ、とか似合っている、
とかお世辞でも言ってくれないんですか?」


「今年はそれをいう相手がいるだろう。」

「あ・・・コルのこと、
聞いたんですよね。」

「ああ、本人からな。」

「私達が付き合うことになって
驚きました?」

「まぁ多少はな。
しかし納得する部分が大きい。」


「というと?」

名無しさん食い下がろうとしたが、
時間だ、行くぞとすぐに背を向けられた。


「ドラットー将軍・・」


「なんだ」


「今年も似合っていますよ。素敵です。」


彼は一瞬固まったが、
「そのセリフはもう一人将軍に言ってやれ」
とすぐに鼻で笑われた。



会場に着くともう100人以上の
隊員で溢れかえっていた。

立食パーティーのため、
片手でも食べやすいものが綺麗に
並べていたが簡単に軽食と言っては
申し訳がたたないくらい、ボリュームもあり
目にも鮮やかで誰もが唸る美しさであった。


陛下を中心とし、その横に
クレイラス、高官が固まり、
さらにその横にコルとドラットー、
名無しさんが立つ。

コルと目が合うと名無しさんは
小さくウインクし、すぐに
正面を向いたため彼の反応は
わからなかった。

陛下が立ち上がりシャンパングラスを
持つと、これからの平和と我々の
活躍を願い乾杯と声を上げ、
宴会は幕をあけた。

ここはあくまで仕事場で、決して
プライベートではないことを
名無しさんのみならずコルも
実感しているはずだ。
本来なら二人きりになり、
お互いの姿を褒めあいたい
ところだが、コルとドラットーの
周りには隊員たちが今日こそはと
話しかけに集まっていた。

「名無しさん隊長、一緒に
写真撮ってもいいですか!」

「俺も!」

「はいはい、ちゃんと綺麗に
撮ってね」

名無しさんが写真を撮られるのも
恒例で、暫くはご馳走に
ありつけないのも毎年のことであった。


「相変わらずモテモテだな」

「この際名無しさんの写真、
一枚1000ギルで売り出したら?
絶対に売れるよ!」

「ニックス、クロウ!」

「名無しさん、やっぱりその
口紅の色似合ってるよ。正解だね」

「ありがとう。クロウも綺麗よ。
そのドレス初めて見たけど買ったの?」

そう、思いきって買っちゃった、と
ひらひらとスカートを揺らしてみせた。

「で、隊長。俺のタキシードの
感想は?」

「うん・・かっこいいよ。」

「おいおい、全く心がこもってないのが
だだもれだって。」



「あはは、ごめん、男性ってみんな
同じに見えちゃって・・」

「だよね、あたしもさ、もう
新鮮味が全然なくて。ニックスとは
毎日顔を合わせてるから
戦闘服だろうがスーツだろうが
裸だろうが同じに見えちゃって!」

クロウは笑いながらニックスの
肩を叩くと、彼は「なんだよ・・」
と苦笑いするしかなかった。

「男はみんな同じなんて、
コル将軍にはそんな事
言えないよなあ?」


「将軍は、別格なの」

名無しさんはニヤリと笑うと
ひでぇな、と苦笑いする
ニックスは、急に声の音量を
落とし名無しさんに囁いた。

「その将軍は、隊長のその姿なんて?」

「あたしも気になるよ。
あの将軍が綺麗だ、とかいうのが
想像できなくて。」


「いやそれがまだちゃんと話せてないの」

ほら、とコルに目線をやると
隊員たちに囲まれ、身動きの
取れない姿に二人は納得した。

「それより二人とも、
何か食べようよ。お腹すいた」


「それもそうだな。」

「みんなー!名無しさん隊長の空腹が
限界だから写真撮影はするなら早くねー!」

クロウの一声にみんなが笑い、
写真を撮ろうとまた人が
集まり始めた。



クロウはしばらく隊員の輪の中にいる名無しさんの姿を見守っていると、
ニックスが

「コル将軍を見てみろよ」

と耳打ちした。


「へぇ・・・・コル将軍でも
あんな顔するんだ・・」

「なあ、驚いたろ?」

「名無しさんを見つめる目、
いつもの険しい将軍と同一人物とは
信じられないね」

「将軍も、溺れちまったな。」

「・・溺れた?」

「男は単純だからな。惚れた
女が出来るとすぐ溺れちまうんだよ。」

「綺麗な女性なら、男はだいたい
溺れるもんよね」

「まあな、しかし綺麗なだけなら
溺れるのは体だけ。
あの将軍にあんな目をさせるとは
名無しさん隊長は心までも
溺れさせたんだ」


「なるほど・・それ納得。」



ようやくご馳走にありつけた
名無しさんたちは、美味しい
美味しいを連呼し、
隊員たちが注いでくれる
シャンパンやワインが、
どんどん胃に吸収されていく。

「ねえクロウ見て。今日はテラスが
開放されてる。」

「本当だ。絶景だね・・」

インソムニアが見渡せるこの会場で、
三人は騒がしさを受け入れながら
しばしの間外に目を向けた。

「・・俺たちはここを守っているんだな・・」

しみじみと言うニックスに、
名無しさんもクロウも思いにふける。


「まあこんな夜景をそのドレス着て
見られるなんて年に一度だからな。
隊員、テラスに出て待っていてくれよ」


「・・え?」

「そうそう、あたし達に任せて。
コル将軍を呼びに行ってくる」

「ちょっと二人とも!」

「どうせ二人の関係は公認なんだろ?
だったらテラスでイチャついてる
ところを見せつけてやればいいさ。
付き合ってることを知らないのが
大多数なんだろうし、
この際みんなにご報告だ。」

ニックスは人をかき分けながら
さっさとコルのいる方に歩いていき、
クロウもほら早く!とテラスを指差した。
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