◇お話◇

□黒のベールに包まれて
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テラスに出ると気持ちの良い
風が名無しさんを包み、
程よく酔って火照った体が
次第におさまってきた。


「名無しさん」

待ち望んでいた声に、
名無しさんは笑顔で振り返った。

「ニックス達になんて言われたのかしら」

「お前が酒に酔っているから介抱しろとな」

「ふっ・・もっとマシな嘘が
つけなかったのかな」

名無しさんは笑うと、コルも同意した。



「昨日から今日の朝までずっと
一緒にいたのに、なんだか久しぶりな感じ。」


「そうだな。」

コルは名無しさんの横に立った。

今朝とは違い、プライベート感を
出してはいけないと思っているのか
お互いがぎこちない。
しかしそのぎこちなさが、
二人にとって気恥ずかしくもあり
会話も思うように弾まない。

夜景が綺麗だとか料理が美味しかったとか
他愛のない話でなんとかその場を
しのぐが、やはり沈黙が続いてしまう。
暫くの間、静かな時を過ごした後
おもむろに名無しさんが口を開いた。


「・・五年間、コル将軍のその
タキシード姿を遠くから見ていたけど、
今日、こうして向かい合うことが
できて嬉しいです。」


「・・・・・・」

いつも強引な彼女からは想像できない、
恥ずかしそうに頬を染めてはにかむ姿に
コルは固まってしまった。

それに付け加え、二人でいるときとは
真逆な名無しさんの口ぶりに、
コルは胸から沸き上がる
熱いものと少しの興奮で目眩がした。


「・・お前も、良く似合っている。」

今のコルは、これをいうのが
精一杯だった。



「コル・・将軍、お酒どれくらい
飲まれたの?」


「俺はずっとノンアルコールだ。」


「えっ?嘘でしょ?」

「今日は宿舎に泊まるつもりだったが、
酔ったお前を一人帰らせるのも
気が引けるからな。車で送っていく。」

思いもよらない彼の言葉に
名無しさんは二人きりだったら
抱きつきたい衝動にかられた。

「ありがとうございます・・コルしょ・・」

言いかけたところで、酔いと
履きなれない靴から名無しさんがよろめき、
体がコルに ぶつかった。
瞬時に名無しさんを抱きかかえようとした
その時、コルの手が名無しさんの
柔らかい胸にしっかりと当たってしまった。


「っ!・・・・すまん」

「・・・・私こそごめんなさい」

もうお互いいつもと違う
この空気から早く抜け出したかった。
コルに至っては朝、あれだけ
名無しさんの胸を揉み、キスしたにも
関わらず、手が触れただけで
気まずそうに謝っている。


「な、なんか調子が狂うね」

「ああ、同感だ」

「もう、この機会にみんなに
公表しちゃう?」

「それでも良いが、普段と同じように
接すれば周りも自ずと理解するだろう。」

けじめとして仕事中ではわきまえるが、
こういう場では普段と同じく
接することに名無しさんも同意した。
敬語も「将軍」も取っ払うと、いつもの
二人に戻り、肩の力が抜けた。


「名無しさん、明日は昼から出勤だったな」


「そう、夜勤だからね。コルと一緒。」

「だったら今夜、少し時間を取れるか」

「・・大丈夫だけど・・どこか行くの?」


「・・ああ」

コルはニヒルな笑みを浮かべるだけで
あとは何も言わなかった。




***

2時間ほどの宴会も無事に終わり、
隊員たちはそれぞれ着替えて
二次会に繰り出したり、真面目に
帰路についたりと様々だった。

名無しさんは目的地もわからないまま
コルの車に乗り込んだ。
チラッと彼を横目で見ると、
ネクタイを緩め、一番上のボタンを
外していた。

(もう・・そういうしぐさを何気なく
しちゃうところがコルらしいけど・・)

名無しさんはいつも以上に素敵な
彼の姿に心臓が張り裂けそうで
頭がくらくらするのをおさえた。



「お互いこのドレスコードで行ける
ところって、おしゃれなバーくらいしか
思いつかないけど・・・・」

「お前が前に行きたがっていたところだ。
俺も、夜のあの場所はシガイ退治でしか
言ったことがないからな。
グラディオラスが絶賛していた。」

あいつも女の喜ぶことはよく
熟知してる、父親譲りだなと皮肉った。

「もしかして・・・」




暫く車を走らせると、
見覚えのある海が見えてきた。

やはり名無しさんの思った通り、
ガーディナだ。


車を止め、黒に身を包んだ二人は
ゆっくりと海を見ながらレストランに続く橋を歩いた。


「歩きにくいか」

コルは右手を差し出した。
まるで映画のワンシーンのようで、
名無しさんも恥じらいながらその手に
自分の手を乗せると、瞬時に固く握りあった。



「大丈夫。このドレス、
こんなにスリットが入ってるから
むしろ歩きやすいの。」

深くスリットが入っているため、
歩くたびに名無しさんの引き締まった
長い脚が目についた。
コルはすぐに目をそらすと、
またゆっくりと歩き出した。

「・・・ねえコル」


「・・・どうした」

「さっきから思ってたんだけど、
私のことあまり見てくれてないよね。
似合わない?」


コルは自覚があるのか、
やはり言われてしまったか、
という顔を隠せなかった。

「いや、似合っていないはずがない」


「じゃあどうして?ちゃんと見て欲しいな」

名無しさんはつないでいた手を離すと
コルの目の前に立った。
じっと彼の瞳を見つめると、
彼も少々バツが悪そうな顔を、
手をおでこに当てながら重い口を開いた。



「今日は・・・いつも以上に
綺麗なお前を直視できん・・・」


そういうと再びコルはフイと
背を向けてしまった。


この人がこんなあからさまに照れている・・
名無しさんはその大きい背中に抱きついた。


「ありがとう・・・・」

名無しさんはしばらく
彼の背中に顔をくっつけた。

大きくてあたたかい・・。

決して敵には背中を向けない
彼の大きなこの場所は
神聖の場でもあるようだった。

「・・でも・・もっと良く見てくれる?」

腕を解き、名無しさんはコルの前に
回り込み視線を合わせると
彼のブルーの瞳にはしっかりと
愛する人の着飾った姿が映し出された。

よくカールされたまつ毛、
ゴールドシャンパンのアイシャドウ、
熟した果実のようなベリーレッドの唇・・・
色白の肌により引き立つ鳥羽色のドレス・・

コルは一つ一つを目に焼き付けた。
その真剣な眼差しに、名無しさんも
緊張が最高潮に達している。
チークが薄くなってしまうくらい
その頬は明らかに紅潮し、
それがさらに色気を増して
コルの目が離せなくなっていることに
本人は気が付いていないだろう。

コルは優しく右手を名無しさんの頬に当てた。
温かい手の体温が彼女の左頬を温め、
名無しさんはとろけるような笑顔を
溢れさせた。



「名無しさん・・・・綺麗だ。」


「・・・ありがとう・・・コルも、
いつも以上に素敵・・・」

笑ったコルの顔はいつになく穏やかで
目がとても優しい。
周りから誤解されていることも多いが
コルは本来、とても優しいのだ。
ただ少し、不器用なだけで・・・


コルの唇が名無しさんの耳元に移動し、

「今、この瞬間にお前の方からしてくれ・・」とささやいた。


名無しさんはその意味がすぐに分かった。

私からのキスを待っている・・・


キスがしやすいように
少し身をかがめてくれた
コルの首に腕を回し、
その濡れた果実のリップを
彼の唇にゆっくり重ねた。

コルの両腕はすぐに名無しさんのウエストに
絡ませ、自分の体に強引に引き寄せると
名無しさんもまた、彼の首に絡ませた腕に
力を入れ、少々熱烈なキスに
変えて彼の理性を少しずつ
崩していくのであった・・・


end
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