◇お話◇

□あの時から
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王都警護隊に配属されたのは、
あれは確か10年前。
19の若き私は、ただ魔法が使えるだけの
ヒョロヒョロな小娘だった。

それからすぐに大魔法術部隊が
結成されて、長い間そこで試練をこなし、
大将として部下を率いる人間になった私の
体には、月日を感じさせるほどの傷が
刻まれていった。
長い期間、女を忘れて戦闘に出て
指揮を執るとはそういうことだ。

大魔法の術者。
なんてたいそうなネーミング。
王の剣のクロウとは違い、私はなんの努力もなしに生まれもった特性だ。
その分、この力のせいで気味悪がられて
きたから苦労だけは人並み以上に経験積み。

「彼」を初めて見たのは入隊式の時。
「彼」に心を奪われたのはそれから
5年後。

そして今、かれこれ5年間の片思い。

同じ王都で勤務しているとはいえ、
お互い仕事が違うし忙しいしで
「同じ職場の彼に恋愛中♡」なんて
言えないくらい会うことは少ない。

だからこそ長く片思いを続けていけるのかも。

「そう思わない?」
私は視線をクロウに移した。

「はいはいそうだね。詩人な名無しさんの
自分語りはあとでゆっくり聞くから、
とりあえず早くそれを終わらせて。」
クロウの指さすものは大量の報告書。

「わかってるけど終わらないわ。
目も疲れたし腰も痛いし。」

「ほら頑張って手を動かす!
今日は名無しさんの行きたい店で
飲み会でしょ、気合で乗り切りな!」

王の剣のクロウとは部隊が違うものの
同じ魔法術者だから仲良くなるのは当然だ。
もうかれこれ7〜8年の付き合いになる。

「クロウ、こんなところで待たせても
悪いから先に行って。アラネアも
先に来てるだろうし二人で飲んでてよ。
今日は私のおごりだよ、遠慮しないでね。」

私はクロウの「でも・・」の言葉を
払いのけて、強引にドアの外に行かせた。
「早く来なさいよ〜」の彼女の声と同時に
ドアが閉まり、一気に部屋の中は静寂を
戻した。

部下の報告書やレポートに目を通して
サインし、提出。
地味なデスクワークと過激なシガイ退治。
対照的でメリハリもやりがいもある
この仕事はこれからも変わらずに
続いていくのだろう。

変わるのはひとの心と季節だけ。
・・・のはずなのに、私の心は今だに
あの時となんら変わらない。

恋焦がれてときめくような・・

トントン
ドアからノックが聞こえた。

また詩人になっている私を現実に
戻させてくれたのはやはり彼だった。

「名無しさん、まだ帰らないのか」

「あら将軍。私は少し残業よ」

「珍しいな。仕事が溜まっているのか」

「部下が報告書の提出期限を破ったせいで」

「部下の指導もお前の仕事だぞ」

「はいはいわかっていますー。」

片思い5年もたてばポーカーフェイスも
うまくなる。今の会話も全く問題なく
いつも通り自然だったでしょう。
耳が赤くなるのも最近ようやく堪えるように
なってきたのだからね。

カツカツ、と音を立ててゆっくり
私の机に向かってくる。
そして大きい窓に目を向ける将軍を、
私はじっと見つめている。
こんなことが何度かあった。
そしていつも彼がいうセリフ。

「ここは本当に夕日が綺麗に見えるな」

アイスブルーの目を少し細めて言うの。

「そうでしょう。だから私も残業がそんなに
苦じゃないの。」

そういうと、コルはふっと小さく笑った。

ぽつぽつと会話をしながら私は仕事をし、
コルは夕日を見つめる。
こんなことが5年間に数回あった。
きっと恋人同士になればそのあと素敵な
キスが待っているだろう。
それも捨てがたいが、近からず遠からずの
この関係、私は嫌いではない。

「さ、終わった!あとはお酒を飲むだけ」

私は大きく伸びをした。

「そういえばお前は酒好きだったな。
王都警護隊の飲み会ではいつも飲んでいたか。
顔色変えずにな。」

「そうですよ。おいしいお酒とおいしい料理。
これがあればしばらく幸せに浸れる。
将軍もお酒はイケるクチよね?」

「ああ。お前にはかなわないがな」

私は笑いながら帰る用意をしつつ
頭の中は「彼とお酒を交わしたい」と
いうことだけだった。
しかし以心伝心とはあるもので、
彼の言葉に私は固まってしまった。

「もしお前がよければ、今から一緒に
飲みにいかないか」

「・・・・・・・」

「・・・いや、無理にとは・・」

「あの・・せっかくだけどこれから
友達と飲みにいくから・・あの・・」

体が動かない。
彼のアイスブルーの瞳から目がそらせない。

「そうか。ではまた今度な」

そういうと大きい背中を私に向けて
部屋から出ていこうとした。

『待って!将軍・・』

いつもこのセリフが言えない。
あの時から、言えないままでいる。






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