◇お話◇

□もう待てない
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「アラネア…私もう待てない」

時計の針は21時を回っている。
仕事からくたくたになって帰り、
シャワーを浴び、
缶ビールを開け、この疲労と
絶望をどうにか取っ払いたかった。
手っ取り早いのは親友に聞いて
もらうことだ。

クロウは本日泊まり勤務。
アラネアは帝国からおさらばし、
今はメルダシオ協会本部と王都の
要請を緩く受けている。
この「緩く」というのが肝心で
帝国で暫く働きすぎたから
これからは好きな時に活動するらしい。

要するに私と電話する時間は
たっぷりあると言うことだ。

『ようやくお互いの思いが伝わって
かれこれ3週間。恋人らしいことを
してないってそれ冗談だろ?』

アラネアもなにか飲みながら
話しているらしい。グラスの音が
時折聞こえてくる。

「冗談であってほしいよ…
先日もコルが有休を取ってくれる
って矢先に、私に仕事が入って
休みが潰れたの。
じゃあせめて帰りは一緒にと
思って駐車場で待っていたら、
残業の連絡が入って…」

『将軍に?』

「いや、私に。」

『そりゃあんたが忙しいのが
原因じゃないか』

「…ですよね。」


今はまだ詳しくは言えないが、
大掛かりな企画が持ち上がっているため
慌ただしいのは実感している。


『合鍵を渡すとか貰うとか、
手っ取り早く一緒に暮らすとか、
方法はあるだろうけどねぇ。』

「そうなんだけど、付き合いたての
フレッシュな感覚を
楽しみたいのよ私は…。
いきなり合鍵!じゃなくて、
デートして、食事して、
触れ合って…」

『なにを言ってるんだいこの
お子さまは!そんな恋愛は
10代でとっくに卒業だろ。

「私の心は10代で止まって
いるのです・・・」

うな垂れる私を不憫に思ったのか、
アラネアのフォローが咄嗟に入った。

『・・・いやまあ無理もないか、
長い間相手を想うだけで、
実質的に伴ってないもんね。』

アラネアと電話していると、
時折男性の声が聞こえてくる。

「ねえ、もしかしてイグニス
来てる?」

『ああ、来てるもなにも、
つい最近から一緒に暮らしてるよ。』

「ええ!?」

言おうと思ってたんだけどと
言うアラネアに、私はイグニスに
変わって!!と叫んだ。

男の本音は男に聞くのが
一番だ。

『もしもし名無しさんさんか?』

「ごめんねイグニス、アラネアと
の時間を邪魔しちゃって。」

『…いや…彼女とは毎日会って
いるから問題ないが…。
彼女からだいたいは聞いているが、
将軍とすれ違いが多いと?』

「そうなの。お互い多忙のカップルって
みんなこういうものだと諦めるもの?」

『どうだろうな・・』
彼はまじめだ。こんな私の下らない
質問にも、ちゃんと寄り添ってくれる。

イグニスは私が王都に入隊
したときはまだ10歳そこらで、
この時からノクト王子を
お守りする使命を果たしていた。
小さな体で小さな王子を守る姿は、
可愛さよりも逞しさが勝っていた。

今では愛する女性を見つけ、
ようやく一人の男として幸せを
見つけてくれたのが嬉しかった。

「イグニスはアラネアとすれ違い
なかった?」

『そうだな…俺たちが付き合い
出したのは、アラネアが帝国を
去った後だから、時間を合わせ
やすかった。将軍も名無しさんさん
もお忙しい方たちだ。忙しいなりに
会える方法を探せばきっとある。
それには多少のわがままは
許されることだと思うが…』

電話の向こうでアラネアが
イグニスに「ちょっとあんたの
スマホ借りるよ」と言っているのが
聞こえた。



「アラネアに、スマホ占領
しちゃってごめんと伝えて〜。
で、わがままってつまり、
忙しいけど会いたいの!
会いに来て!ってドラマでよく
やってるやつでしょ。」

『まあ…そうだが…』

「それで相手の男は重く感じて
別れるパターン…あるあるだわ。」

『いや、誤解しているが、男は
本当に好きな相手ならどんなに
無理をしても相手の望みを
叶えたいと思うものだ。』

「…本当?それを鵜呑みにして
昔から痛い目にあってるよ、私。」

『それは相手が名無しさんさんに
本気ではなかったということだ』

うっ・・イグニスの正論に
胸が刺さる。
確かに過去の恋愛では、
辛い思いでしかないのは事実だ。


『しかし冷静に考えれば将軍の
堅実な性格からしてあなたに
辛い思いをさせないことは
名無しさんさん自身が
一番よくわかっているのではないか?』

「.....確かに。」

『だろう?その証拠に、今はなかなか
会えなくて寂しいだろうが、
相手に対して不安を感じることは
ないはずだがどうだろうか?』

その通りだ。ただ会いたいだけで
【不安】は一切ない。
それは相手が将軍だから言えることで
普通の相手なら寂しい=不安という
公式が当たり前のように成り立つだろう。


「10歳近くも年下のイグニスに
諭されるなんて情けない・・」

小さくため息をつくと、もうすぐ
空になりそうなビールの缶をプラプラと
揺らした。

『いや、幾つになっても
恋愛は頭を麻痺させるし、
ただ好きだからこそ余計なことも
考えてしまうのは恋愛の
醍醐味でもあるからな』

笑っているイグニスは、なにやら
アラネアにちょっかい出されて
いるようだった。

仲が良いのは電話の向こうからでも
感じ取られる。


「ねぇ、もしアラネアと一緒に
住んでいなくても、会いたくなったら
夜中でも会いに行ってた?」


『ああ。俺が会いたくなったら
必ずに行くし、彼女が会いたいと
言えば、俺はどんなに遅くなっても
車を飛ばすが…』

「うわ〜お、ご馳走さまでーす。
彼女、固まってない?」

『ああ。…顔を真っ赤にして
固まっているな』

ちょっとメガネ!余計なことは
言わなくていいの!
アラネアが叫ぶと、スマホが
イグニスから彼女に戻された。

『とにかく、あんたは
忙しかろうが疲れてるだろうが、
将軍に会いたければ体に
鞭打ってでも会いに行きな!
まあそのうち将軍だって男だ、
この状況に限界を感じるさ。』

「そうだね、そうする。」

その時、外から車のエンジン音が
聞こえてきた。
窓の外を見ると、コルの車が
うちの前に止まっている。

「…ねえちょっと。コルが…
来たみたい。まさかこの家
盗聴されてる?」

『はははは!早く下に降りて
将軍様の胸に飛び込んできな』


私はアラネアにありがとうと
電話を切ると、すぐに靴を履いたが
その時を見計らったかのように、
家のチャイムがなった。

続く
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