◇お話◇

□その瞳、海の色
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名無しさん達は、レストランにつくと
カクトーラに色々と料理のコツや
珍しいスパイスを教えてもらい、
イグニスは仕切りにメモしている。


名無しさんはカクトーラが
サービスで出してくれたコーヒーを
飲みながら、彼のメモをちらっと見てみた。

イグニスの性格がよく表れているそれは、
とても読みやすくどこに出しても
恥ずかしくないほどの立派な
レシピ本になっていた。


「なにか良いレシピ思いついた?」

「そうだな。帰って色々と
試してみる価値がありそうだ」

彼は嬉しそうにメモを眺めた。

「いいよねグラディオ達は。
イグニスの料理がいつも好きな時に
食べられるってちょっと
贅沢すぎない?」

グラディオはコーヒーカップを
片手に名無しさんの隣に
腰を下ろし、こいつの料理への
情熱は表彰もんだろ。と彼を褒め称えた。

「名無しさんも、たまには将軍に
料理作ってやってんだろ?」

「うーん、本当に簡単なもの
だけどね。なかなかイグニスみたいに
凝ったものは出来ないよ。
まあコルは上手いって言って
食べてはくれるけど・・」

「料理で一番大切なのは愛情だろう
将軍を思いながら作る料理は
上手いに決まっているさ」

「嬉しいこと言ってくれるね、
ありがとうイグニス」

「しかし昔から将軍のことを
知ってる俺たちにしてみたら
まだ信じられねぇな・・・・」

過去を思い出しているのか、
遠くを見つめるグラディオは
物思いにふけていた。

「・・なにが?」

「いつも獲物を逃がすまいと
目をギラギラさせてた将軍が
名無しさんを見る時の目は全く
違うんだぜ。当然イグニスは・・」

気がついたよな、とグラディオは
イグニスの方向に
顔を向け、彼の返答を待った。


「ああ、勿論だ。
普段は絶対に見せない穏やかな目だ。
あれには驚いたな。」

「・・・・やだ二人共それ本当?」

名無しさんは恥ずかしさで頭を抱えた。


「あの将軍にあんな顔を
させるとは、やっぱり名無しさんは
どこか、そこらの女とは違うんだよな。」

「同感だ」
とイグニスは更に付け加えた。

「どんなテクニックを使って
いるのか気になる所だが・・」

「なにグラディオ、試してみたいの?」
名無しさんは悪女な顔つきでニヤリと
グラディオを見たが

「冗談!将軍とは張り合うなんざ、
俺も命が惜しいからな」
と笑い飛ばされた。




一方、釣り場では

「なんだよ・・今日は釣れねぇなあ」
とうな垂れるノクトに

「釣れないねえ」
と答えるプロンプトも、
カメラを用意したはいいが、
なかなかシャッターチャンスが
来ないので手持ちぶさたであった。


コルが静かに水面を眺めている。
穏やかで静かなこの時こそ、
一番心落ち着く時間のはずが
ノクトにはやはり退屈なようだった。


「・・釣りは単に魚を
釣るだけじゃなく
静かに心を落ち着かせる
貴重な時間だ。」


「いやそれにしたって長いって・・」

ノクトは一度、ルアーを変えるために
引き上げた。

「将軍、さっき釣りは久しぶりだって
言ってたけど・・」
プロンプトはコルの方を見た。

「ああ。昔、王子と釣りをした
ことが何度かあってな。」


「え!ノクトが将軍と?」

「親父が忙しかったから変わりに
コルが遊びに連れていって
くれたんだよな。
まあ、ほんとたまにだけど。」

「へー・・意外〜」


「陛下は息子との時間が満足に取れず、
いつも落ち込んでいらした。
俺に出来ることがあればと考えたが、
子供の世話は専門外だったな。」

「そっか。ノクトが幼い時も
ずっと陛下はお忙しかったんだね」


「親父もそうだけど、周りもみんな
そうだったし、コルだってほとんど
親父と旅ばっかしてたろ。」


「あの時の俺は自分の力を過信
して陛下を守ることだけに命をかけて、
それこそ好き勝手やっていたな。
守ることも満足にできず、何もかもが
まだ未熟なことに気がつきもせずに・・」

コルは過去を思い出しながら、
胸に残る僅かな後悔に苦笑いした。


「今も昔も、親父や俺達を十分
守ってくれてんだろ。・・・・どうもな。」

ノクトの突然の礼に、
コルは多少の驚きと嬉しさを感じた。

「成長したな、王子」

「・・あ?な、なんだよ」

「今、サラっと言ったよねノクト!
カッコいい〜王子みたい!」

プロンプトはカメラを
ノクトに向け、シャッターを切った。

「止めろって!王子みたい、じゃなくて
まんま王子だっての!
・・・それよりコル」

ノクトは改まって、彼の方を向くと
以前、名無しさんに言ったことを
彼にも伝えた。

「名無しさんと、仲良くやれよ。」

「・・・・・心配無用だ」

昔の無邪気な少年ノクトの
面影を思い出し、
鼻で笑いながら答えた。





暫くすると名無しさんたちが戻り、
時間はもう夕方になっていた。

コルがノクト達にシガイが
出ないうちに早く帰れと釘を
指すと、名無しさんとコルも
一足先にルシスに戻った。


名無しさんの家の前につくと
コルは車のエンジンを切り、
二人は車を降りると空をあおいだ。
まだ月は出ていないが薄暗く、
そして少し寂しく切ない風が吹いている。



「今日はありがとう、凄く楽しかった。
また明日から頑張れそう。」

「ああ。礼を言うのは俺の方だ。
名無しさんのおかげで
久しぶりに心安らぐ時間が持てた」

あの壮大な海を拝んだあとに
見る彼の瞳は、また一段と
名無しさんの心を揺さぶった。



名無しさんはそっと彼の手を握ると、
温かい体温が全身に染み渡った。


そういえば今日、
キスしていない・・

名無しさんの頭にそのことが
一瞬横切ったが、それはすぐに
打ち消された。

手と同じくらい温かい唇が、
名無しさんのそれに触れ
暫く離れることはなかった。


「・・・・こういう時、
なんて伝えたらいいか、
よくわからないんだけど、でも・・」

名無しさんの胸が締め付けられ
なにかが溢れてきそうなこの
感覚は、とても言葉では表せない。
ただ体だけが機能しているようで、
名無しさんは彼の胸に顔を
埋めるしかできなかった。

コルもただ静かに力強く
名無しさんを抱きしめ
耳元に唇を移すと、ただ一言



「・・・・〇〇〇〇〇」


と呟いた。


名無しさんの体から
すーっと力が抜け、
全身を全てコルに預けた。
コルは倒れないよう、
しっかり名無しさんを抱きかかえ、
そのまま暫く彼女の柔らかい
髪の甘美な香りに目を閉じた。



沢山の言葉は要らない。
しかし、名無しさんには
絶対に伝えたいことがある。


「その瞳でずっと私を見ていてね」

切なく、儚い、その美しい
アイスブルーの瞳で・・

その言葉こそ、コルの胸から
迸る(ほとばしる)感情そのものであった。



end
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