◇お題◇

□17 背後から視線
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久々に彼の家のキッチンに立つ。
何が食べたいか尋ねても、いつも
「お前の作ったものなら何でも旨い」と
喜ばしい台詞をくれるのだが、裏を
返せば「なんでも良い」ということだ。

「・・不満なのか」

意地悪な笑みを浮かべ、片手に
ワイングラスを持ちながら私に
近づいてきた。


「なんでもいいっていうのが
作り手には一番困るのよね、
酔っぱらい将軍さん」

「・・まだ酔ってはいないぞ」

グラスにはまだ半分以上の
ワインがゆらゆらと波打っている。
おそらく、まだこれしか飲んで
いないとのアピールだろうが、
これはすでに3杯目だということを
私は気がついている。

「うん・・そうね、このワインを
使ってビーフシチューにしようかな。
すぐ作るから待ってて」

強引にコルの手からワイングラスを
奪うと彼は「ああ」とだけ返事した。

にんじん、じゃがいも、玉ねぎを
切っていく。彼に背を向けて
いるため、コルは今なにを
しているかわからない。

さっきはテレビを見ていたようだが
その音も既に聞こえなくなっていた。
テレビを消して本でも読んでいるのか。

しかし感じるのだ。
背中が熱くなるほどの視線・・
彼は絶対に私を見ている。
気にせずに料理に集中していても、
見られていると一瞬でも悟れば
もう終わり。意識せずにはいられない。


「・・名無しさん」

野菜を炒めているから聞こえない、
そんなフリをしてみるが・・
低音で少し鼻にかかった
大好きな声は、私にきちんと
届いている・・

「・・名無しさん」

名前を呼ばれるたびに電流が
身体中に流れる感覚に陥る。

「聞こえているんだろう」

その声はどんどん近くなっていく。
視線から気配に変わった瞬間、
コルの両腕が後ろ姿の私を優しく
包み込んだ。



「コル・・あとは煮込むだけだから
もう少しで出来るからね」



「・・・・ああ」



「・・・・・・・」

抱きしめられている間のこの静寂が
私は未だに慣れないでいる。



「コ・・コル・・」

腕の中で窮屈そうに体制を変え、
彼の顔を正面から見てみると
ほんのりワインで染まった頬に
手を当てた。

綺麗なブルーの瞳、長くて細い睫毛、
見つめあっていても、
私は恥ずかしくてすぐに
視線を外してしまうから、
それが彼は気にくわないらしい。

「名無しさん、こっちを見ろ」

「・・・・見た」


「良く見ろ」


私の顔を覗き込む彼の唇が、
あと何センチで私に重なるだろう。


「・・・・コルっていつも焦らすわよね」

「お前からしてくれるのを
待っているだけだ」

「上手いこというね。
たまにはあなたからしてよ・・」

「いつも俺からしてるだろう」

「そうかしら・・?」

こんな会話を、お互いの唇が
スレスレの距離で淡々とされている。


どちらが先に重ねるのか・・
答えはいつも決まっている。

「ねえ将軍さん。そろそろ
離してくれないと、シチューが
焦げちゃ・・・・・」




ほらやっぱり。
今日も彼は待ちきれなかったらしい。

彼の少しかさついた唇が、
優しく私のものにくっついた。

「・・・焦らしているのは
お前のほうだろう」

「はははっ・・そうね。
私がするまで待てないの?」

「ああ。待てんな。早くしてくれ」


ほろ酔いのコルが可愛くて、
私は笑いを堪えながら
彼の首に両腕をまわし、私から
深いキスをプレゼントした。
暫くお互いの唇を味わい、私から
離すとコルは私の耳元で

「お前が料理をしている間、
俺が何をしていたかわかるか」と
つぶやいた。

「・・・知ってる。私のこと
見てたでしょう。
凄く視線を感じたよ」


「・・・そうか」

言葉少ないコルだが、満足そうに
返事をすると、今以上の熱いキスが
私の唇に落ちてきた。

今度はちゃんと、シチューの火を
止めて・・

END
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