◇お題◇

□5 それでも好き
1ページ/1ページ



毎年この季節になるとお決まりのように
街は色とりどりのデコレーションで皆は
愛だの恋だのと浮かれつつある。


名無しさんは今年も片思いの人が
たくさんのプレゼントを貰うのだろうと
内心舌打ちしながら、それでも自分の想いは
伝えずにただただ静観するしかない自分にも
嫌気がさしてきたころでもあった。


「だったら名無しさんもあげれば良いじゃない。
私みたいに日ごろの感謝を込めてって形なら
自然でしょ?」

目の前で優雅にカプチーノに口をつける
モニカの言うことはごもっともだ。

「・・まあそうだけどね。でも今まで
渡さなかった私が突然今年になって・・
将軍ならすぐに感づくでしょ」

「そうかしらね・・」

城の最上階にあるレストランで名無しさんは
モニカと遅めの昼食を取っていた。


モニカ曰く将軍は近寄りがたく
雲の上の存在ゆえ直接想いを打ち明けたり
チョコを渡すものはそう多くないとのこと。



「そりゃそうよね。立場的にもだけど
笑ったところを見たことがないしいつも
眉間にしわを寄せているあの将軍にモーション
かける度胸なんて・・」

「名無しさんくらいしかいないわね」

あははと大きく笑うモニカだが、
さすがに私だってぐいぐい行けないわよと
名無しさんは付け加えた。



家に帰りシャワーを浴びてビールの缶を
開けると勢いよく流し込んだ。

火照った体に強めの炭酸がしみこみ、
喉は瞬時に冷やされると眠気も一気に
吹き飛んだ。


「私も買えばよかったかしらね・・」

バレンタインは明日、もうチョコを買う
にはタイムリミットを過ぎていた。

「ま・・いいか・・今年も・・・」


チョコレートを渡して愛を告白するなんて
一体誰が考えたのだろう。
バレンタインを迎えるたびにこんな
切ない思いをするのか・・
今年は誰かの想いに答えるのか、
誰か特定の人を決めるのか・・・


「何もしないくせに嫉妬だけは一人前なんて
私も救いようがないわ・・」


名無しさんは小さなため気をつくと
持ち帰った仕事をして考えないように
しようとPCの電源をつけた。



***


バレンタイン当日、名無しさんの目には
隊員がそれぞれの想い人にプレゼントを渡す
光景がぽつぽつと入った。

(・・みんな幸せそう・・・)

「名無しさん」

何気なくボーっと見つめていると、
背後から聞きなれた声で名前を呼ばれた。

「将軍。おはようございます。」

「・・・ああ。」

一瞬ドキリとしたが名無しさんは
眉一つ動かさず彼の目を見つめた。
この綺麗なブルーを私だけのものにしたいと
そう願ってはきたが、実現させるとなると
尻込みしてしまう。

「将軍は今年もたくさんもらいましたか?」

「・・まあぼちぼちな。そういうお前は
誰かにあげたのか」

「・・私は勇気がないもので」


「ほう・・」


将軍は意外だと言わんばかりに一瞬目を
見開いたのを名無しさんは見逃さなかった。


「・・意外ですか?」


「まあそうだな。お前ならストレートに
相手に飛び込んでいく勢いを
感じられるのだが・・
それはシガイのみといったところか」

普段なら名無しさんも一緒になって
笑うところが、この時ばかりは内心から
あふれ出る感情が止まらなくなっていた。
無言で下を向く彼女の様子に将軍も
おかしなことに気が付いていただろう。



「・・・・・将軍は・・」

「・・・なんだ」

「チョコをもらいたい相手はいるんですか?」


「気になるのか?」


「はい」



「いないこともないがな。」


ズキンと胸が痛んだがそれでも質問は
やめられなかった。


「・・・貰えたんですか?」

そう問いただすと将軍は少し考えてから
俺のことはいい。とだけ言うと、
会議に遅れないようになとその場を
立ち去ろうとした。


「待って将軍!」

名無しさんは自分でも驚いた。
将軍を引き留めてどうするつもりなのか・・
しかし呼び止めてしまった以上、どうにでも
なれとの思いが大きく大胆な行動に出た。


「どうした。」


「もし私が将軍にチョコを渡したら
受け取って貰えますか?」

「・・断る理由はないからな。」

「そうですよね、くれた全員のチョコを
今まで行け取っていますもんね・・」


「・・・・・・」


名無しさんと将軍の間になんとも言い難い
空気が流れていたが
それでも名無しさんは告白することを
止める気もなく、数年間の想いを
ぶちまけるように将軍に食いついた。


「義理で受け取ってくれてもいい。それでも
私の気持ちは本気です。」


「・・・ちょっと待て。」


将軍がストップをかけても名無しさんは
止まらなかった。毎年気持ちを伝えるのを
セーブしていたがそろそろ潮時だ。

「将軍の好きは人が誰かはわかりませんが、
今日はバレンタインデーですからもう
言わせてください。将軍が好きです。」



「・・・・・・・・」


「将軍が誰かを好きでもそれでも私は
好きです。」



彼は表情一つ変えず名無しさんの目を
じっと見つめ、

「会議まで時間はあるな。場所を変えるぞ」
と彼女の腕を引っ張った。


ひんやりと、足音だけが響く静寂した城に
入るとコルは執務室に向かった。

ドアを閉め二人は一呼吸置くと名無しさんは
何も言わずただ彼の目を見つめるだけで
それは彼も同じであった。
お互いの目の色をじっくり改めて
観察するには余るほどの時間が過ぎていく。
その沈黙を破ったのは彼だった。

「普通・・いや何をもって普通というのか
この手の話には頭を悩ますが・・
気持ちを伝える時は外野がいないのを
確認するのではないか?」

コルの優しくしかし多少の困惑した表情を
名無しさんに見せると名無しさんは少しだけ
嬉しかった。将軍のこんな顔、普段は
絶対に見られないから・・

「すみません。正直自分でも驚いています。
でもさっきお伝えしたことは事実です。
結果はどうであれただ伝えたかった、
それだけです・・」

自分でもいくじなしだと思う。
相手の答えを聞くのが怖くてとりあえず
自分の感情を相手に丸投げするスタイル・・

それはきっと彼もわかっているだろう。

「・・俺がその気持ちだけ受け取ったら
この話は終了でいいのか?
答えは望んでいないのか?」

「・・それは・・・・」

名無しさんは目を泳がせた。
カチカチと壁掛け時計の秒針だけが
部屋に響く。
その速度よりも倍近く早鐘を打っている
名無しさんの心臓はもう張り裂けそうだ。



下を向いていると名無しさんの頬が
彼の大きな手に触れた。
顔をあげると普段からは想像できない
優しい顔の彼が微笑んでいた。

「仕事では眉をつり上げているが、
鉄の仮面を外せば道に迷った子猫だな」

彼は鼻で笑うと名無しさんの頬をさらりと
なでた。

「・・・あの・・その言い方、
対応に困るんですけど・・」


「ふっ・・そのギャップ、嫌いではないな。
だが俺の前では素直になれ。」

二人の距離がじりじりと縮んでいく。
名無しさんも遠慮がちに彼の腰に
両腕を絡ませていった。

「・・なかなか素直になれない
可愛くない女だけど、それでも・・・」

コルの耳元でつぶやくと、また彼も
優しく落ち着いた低音で



「ああ、それでも好きだ」



END
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ