◇お話◇

□ノスタルジア
2ページ/5ページ



__5年前__



『・・・酷い顔・・』

名無しさんはトイレの鏡に映った
自分の顔をマジマジと見つめるしかなかった。


大魔法術部隊が発足されて三か月。
部下を抱えて隊をまとめ上げ、
20人弱の部下全員のレベルを
平均的に揃えるための指導を行い、
ようやく外に出て軽い討伐依頼を
引き受けて、これから徐々に
慣らしていく頃だった。

5年間の極秘訓練を受けてきたとはいえ、
やはりプレッシャーや日頃のストレスから
体調を崩す時期なのもうなづける。

名無しさんはあと15分で終わる休憩を
せめてコーヒーを飲んで落ち着こうと
考え自販機に向かった。

『あぁ・・・気持ち悪い・・』
溜息をつきながら自販機の隣に
設置されているカフェテーブルに
もたれかかった。

『・・大丈夫?』

『モニカ大先輩・・』

『・・やめてよ』

モニカは笑いながらこちらに近づいてきた。
本来なら先輩のモニカだが、
歳も近くざっくばらんな人柄の彼女は
「あなたとそう勤務年数も変わらないし、
かしこまらないで」との言葉をいただき、
いつしか敬語をはねのけた間柄に
発展していくことが出来た。

『まとめ役の私がこのザマよ・・
食欲はないわ睡眠不足だわ』

『無理しないで、と言いたいところだけど
多少の無理もやってのけないと
ここじゃ通用しないところが
王都で働く厳しさよね・・。』

『・・乗り越えるしかない・・』

『そう。ここの人間はみんな
乗り越えてきてる。
名無しさんも例外じゃないのよ、
必ず出来るわ。
それでも自分が倒れそうになったら
回りに支えてもらうことも必要よ。
今の名無しさんはまさにフォローが
必要じゃないの。顔、真っ青よ。』

厳しくも、フォローもしっかりこなす
彼女はやはりコル将軍が一目置く存在だ。

『大丈夫・・頑張るよ』

『それに、すきっ腹にエボニーじゃ
気分悪くなるのは当然よ。
これ一緒に食べなさい。』

彼女のポケットから一口サイズの
クッキーが差し出された。

『重ね重ねすみません・・』

名無しさんの言い方にモニカは吹き出すと、
『頑張って』と名無しさんの肩を叩き、
自分の持ち場に帰っていった。
その小さく華奢ではあるが、確かに
熱いものを感じる彼女の背中を見送ると
名無しさんもエボニーでクッキーを
流し込んだ。


休憩が終わり、名無しさんは作戦会議室に
部下を集めて今から行う討伐依頼の
作戦を伝え始めた。

『今から行くところはキカトリーク塹壕跡
付近にいるベヒーモス退治。
4グループに分かれて、1グループずつ
実践していくよ。ベヒーモスには
ファイアが有効だけど、すべて魔法に
頼らずに武器も使うこと。
そうね・・・8:2の割合で。』

ほぼ魔法じゃないかよ、と部下たちの
笑い声が聞こえた。
部下の心をリラックスさせることに
成功したあと、名無しさんは
出発の準備を始めようとしたとき、
ノックと共に会議室のドアが開き
突然コルが現れた。



『名無しさん隊長、話がある。
お前たちは準備が整い次第
護送車で待て。』

コルは名無しさんを呼び止めると、
変わりに部下へ指示を出し車で待機させた。



『ご用ですか』

『その顔で行くつもりか。』

『この顔は生まれつきですのでなんとも・・』

『・・そういうことを言っているのではない』


『・・・わかってますよ。顔色が悪いうえ
どう見ても調子が良くない、その状態で
行けるのか、と仰りたいのですよね』

『自覚しているなら今日の
討伐は止めておけ。変わりに
俺が指揮をとる。お前は体調を
整えておけ』


『・・お心遣い感謝しますが、
私は大丈夫です』


『戦闘中、いらぬ不安材料に意識が向くと
自分のみならず部下にも支障をきたすこと
を知っての上で言っているのだろうな。』

『もちろんです。問題ありません。』


『なぜそう言い切れる』


『・・大丈夫だからです』

『推測ではなく欲しいのは確信だ。
体調の変化など予測できんだろ。』

『・・・いつも万全の状態で
戦闘に挑めるとは限りません。
どんな状態でも100%の力を
出す、いわばこれは訓練です。
行かせてください』

『今回は諦めろ』


『将軍!!』


『戦闘をなめるな、
その甘い考えを捨てろ。
部下達には旨い事言っておく。
それについては心配無用だ。』

そう言い放った彼は、サッと背を向けて
部下が待つ護送車へ歩いて行った。


取り残された名無しさんは
悔しさと苛立ちで力強く握りしめた
拳に汗がじんわり滲んだ。


『あの・・頑固オヤジ・・・』

遠くで護送車が発車する音が聞こえたが
名無しさんはただ、その車を
睨みつけることしかできなかった。


*****



「・・頑固オヤジ、か・・」
コルは鼻で笑い一息に
ワイングラスを空けた。
ボトルにはもう一滴も
残っていない。


「すみませんね、上司捕まえて
オヤジ呼ばわりしてました・・。
あの時の私って一人で
突っ走ってたね。
頑固なのは私も一緒なのに・・」

名無しさんはそろそろなくなりそうな
ワイングラスを傾けて、
残り少ないルビー色の液体を
ゆらゆらと揺らした。

「お前の気持ちは痛いほどわかる。
俺も同じ経験をした。
若い頃はどんなに周りに
止められても危険を顧みず
自分の力量を試しに行った
あの時が悔やまれるな・・・」


「でもあの時、貴方はちゃんと
私の事を考えて行動してくれてたって
まあ、だいぶ先だけど気が付いたのよ」

「・・病人に対して行けとは
言えんだろう。」

「それもそうだけど、
部下の前では、私を名無しさん隊長と
呼んでくれたでしょ。叱咤する時も、
部下を車に移動させて聞こえないように
してくれた。私のプライドと
威厳を崩さずに保ってくれたよね。
それって優しさでしょ?」

コルはただ微笑するだけだった。
するとソファから立ち上がり、
月が見える窓ぎわに立つと、
その横に名無しさんも並んだ。

「今日も変わらず、月が綺麗・・」

「ああ。・・昔話はまだ続くだろう?」

「そうね、まだあなたがいつ私を
意識しだしたか聞いてない。
私も・・ね」

「そうだな」

グラスを変え、氷を入れると
次はコルの好きなウイスキーを注いだ。

コル専用のボトル。いつでも飲めるよう
名無しさんの家には切らさずに置いてある。

「じゃ、第二章の幕開けね」

二人はウイスキーのグラスを
カチンと鳴らした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ