薄桜鬼『桜恋録』1
□No.12 A
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土方「 ──── まだ苗字はいねえのか?」
夕餉に集まった顔ぶれを見て、土方はそう言った。
全員の視線が、いつも名前が座っている席に向けられる。
そこに、彼女の姿はない。
近藤「む?トシ、苗字君がどうかしたのか?」
土方「先刻からいねえんだよ」
藤堂「まだ見つかってなかったのか!?」
土方の言葉に、平助が驚いたように声を上げる。
千鶴「名前……どうしたんだろう」
沖田「また勝手に抜け出したんじゃないですか?」
懲りないねえ、と呟く沖田。
だがその瞳には、明らかに心配の色が浮かんでいた。
名前はどんなに具合が悪くても、這ってでも食事には来ていた。
そんな名前が来ていないのだ。
それに土方に外出禁止令を下されてからは、名前は勝手に屯所を抜け出したことはなかった。
なんとか外出許可をもらおうと、何度も土方に頼みに行っていたものだ。
その度に名前は怒鳴られて屯所掃除を追加されていたから、これは誰もが知っていることである。
原田「……探してくる」
原田はボソリと呟いて、立ち上がる。
実は原田は、名前がいないと知ってから夕餉の時間まで、ずっと名前を探して屯所内を歩き回っていた。
……だが、一つだけ、探していない場所があることに気づいたのだ。
それは数ヶ月前に、原田が名前に「ここにはあまり近付くなよ」と言った場所。
名前はそれを忠実に守っていた。
いや、そもそも名前があそこに近付くはずがないのだ。
沖田の作った怪談話で眠れなくなるような名前なら、近付けるわけがないのだ。
──── それは、拷問部屋としても使われている蔵。
拷問を受けて死んでいった輩の怨念が詰まるあの蔵を、名前は異常に怖がっていた。
原田「(……まさか、)」
嫌な予感が脳裏を掠め、広間を出ようとしたその時。