第二章(新選組奇譚)

□第9話
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──── 元治元年 六月。




「おっ、お前さんが此処の看板娘っちゅー最近噂の人かえ?」


?「いえ、そんな大層なものではございませんよ」


「そねーに謙遜しんさんな、噂通りの美人じゃのお」


?「ふふふ、ありがとうございます」


「ほな、また来るわ」


?「ええ、いつもありがとうございます」




常連の客を見送ったその娘は、深々と頭を下げた。

そんな娘に声をかけたのは枡屋の店主・喜右衛門である。




枡屋「ありがとうな、おそよ。ご苦労さん」


そよ「いえ!旦那様には御恩がありますから……。私は少しでも旦那様のお役に立ちたいんです」


枡屋「お前さんはほんまに健気やのぉ。やけどそんなに気張らんで、もっと肩の力抜きぃ」


そよ「はい、ありがとうございます。……あっ、そろそろ時間ですので使いに行ってまいります」


枡屋「いつもすまんのぉ、頼むわ」


そよ「はい!」




ふわりと優しく微笑んだ、"おそよ" と呼ばれたその娘。

その娘の髪では、キラリと桜細工の簪が輝いていた……。








〜 名前 視点 〜




──── 私が枡屋に潜入して、もうひと月以上が経つ。

出稼ぎに来た娘・おそよを装い、見事枡屋の店主に気に入られた私は此処で働き、たったひと月で看板娘にまで上り詰めていた。


しかし、その生活も今日で終わり。

情報を仕入れて役目を終えた私は今日、この場を去る事に決めていた。

情報というのは例の謀に関してである。



この店の店主・枡屋喜右衛門の正体は、長州志士の古高俊太郎。

そしてこの枡屋にも何人か長州の人が潜伏しており、彼らは倒幕の決死の一団であったのだ。


彼らの目的は、朝廷における毛利候の信望を回復して再び長州の天下とし国論を左右したいというもの。

その為に京へ忍び込み、機運の塾するのを待っていたというわけだ。



この情報を掴んだ私は、2日前に店の近くで変装して見張りをしていた山崎さんにこの内容を記した文を渡した。

私の役目はこれで終わり。

使いに行く振りをして、今日の巡察当番の総司君と落ち合う予定である。




名前「では、行ってまいります」


枡屋「ああ、気ぃつけや」


名前「はい!」




全てが順調であった。


──── この瞬間までは。


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