薄桜鬼『桜恋録』1
□No.12 A
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「失礼致します」
広間の障子戸が開き、平隊士3人が入ってきた。
土方「なんだてめぇら。いまは食事中だろうが」
「申し訳ございません、副長。しかし、少々重要な話がありまして……」
3人組の一番左の隊士が一歩前へ出た。
土方「……なんだ?」
「はい、それが……苗字君のことなのですが。我々は先程、彼が屯所から大量の荷物を背負って出ていくのを見かけまして」
沖田「……へぇ。苗字君が大荷物を背負って、ねぇ……」
沖田が目を細めた。
土方「……それで、何が言いたい」
「はい。我々は彼に何処へ行くのか聞いたところ、彼は何も言わずに私を投げ飛ばし、そのまま出ていってしまわれました」
そう話す左の隊士の鼻には、詰め物がされていた。
他の幹部隊士達も沖田同様、目を細める。
土方「………」
勿論、それは土方も例外ではなく、平隊士の話をなんとも言えない微妙な顔で聞いていた。
「ですが……今思ってみれば、苗字君は脱走をしようとしていたのではないかと思いまして、こうして幹部の皆様に……」
原田「……おい」
「はい?」
今まで黙って聞いていた原田は、ズカズカと平隊士達の前に歩み寄る。
「は、原田組長……?」
原田「……話はそこまでか?」
「は、はい……」
原田「そうか」
次の瞬間、原田が腕を思いっ切り振り上げたかと思うと、鈍い音がして平隊士の一人がふっ飛んだ。
──── ドゴォッッ!!
「ぐあぁっ!!?」
「原田組長!?」
千鶴「きゃああっ!!」
その光景に驚いた千鶴は悲鳴を上げた。
その隣にいた永倉は、咄嗟にその光景を見せないように彼女を抱きしめる。
一方平隊士達は、原田の恐ろしいほどの殺気に青ざめていた。
原田「……で、名前をどこに隠した」
「な、何をおっしゃって……」
原田「どこに隠した!!!」
短気で喧嘩っ早いという原田の性格は、誰もが知っている。
だが鬼のような形相で怒鳴りつけるその剣幕は、試衛館からの付き合いである幹部達ですら見たことがないほど、凄まじいものであった。
平隊士3人は完全に腰を抜かしたようで、「ひいっ」と情けない悲鳴を上げて、ガタガタと震えている。
その隊士達から1番離れた所にいる千鶴ですらも、原田の剣幕に永倉の腕の中で震え上がっていた。
沖田「……まあ、苗字君が大荷物を抱えてっていう時点で怪しいとは思ったけどね。あの子、荷物は取り上げられてるし」
沖田はそう呟くと、隊士達の方を見る。
その手は既に、刀の柄にかかっていた。
沖田「……最近の君たちの行動、知らないとでも思った?苗字君に対する、君たちの行動をね」
その真っ黒な笑みに、隊士達は背中が凍りつくのを感じていた。
原田も隊士達を鋭い目付きで睨みつける。
原田「……蔵か」
「は、はい……?」
原田「蔵かと、聞いている」
先程とは異なり、静かで低い声。
だがその声には、怒りと殺気が混ざっていた。
するとその殺気に耐えられなくなったのか、1人が声をあげた。
「そっ、そうです!蔵ですっ……」
「ばっ、ばかっ……」
原田「どけ!!!」
その言葉を聞いた途端、原田は隊士達を突き飛ばして走り出したのだった……。