長編
□第一話
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風が暖かくなり桜も少しずつ咲き始めたある春の日。
学園長の部屋に1人の女性が訪れたという情報が学園に流れた。
「とても綺麗な人で」
「若い女性」
「荷物をたくさん」
「誰だろう」
「何をしに来たんだろう」
乱太郎が小松田さんに「誰ですか?」と聞いたところ「僕もよく知らないんだけど学園長先生とお知り合いのようだったよ」と特筆するほどの情報は得られなかった。
小松田さんに聞いても無駄だろ、と言ったきり丸の言う通りだった。
じゃあ別にいいか、となるような子達ではなく興味津々なお年頃の一年は組のよいこ達はこっそりと、一応こっそりのつもりで学園長室へと向かった。
庭の陰から障子の開いたままの部屋を見る。少し離れてはいるが楽しげに笑う学園長先生の顔ははっきりと見える。しかし残念ながら角度的に対象の人の顔は見えそうになかった。
「見える?」
「ちょっとだけ見える」
「なんか楽しそうに話してる」
「顔はよく見えないけど綺麗な人っぽいね」
「誰だろう」
「ちょっとあんまり押すなよ」
「お腹すいた〜〜」
「しんべヱ押すなって」
「うわっ!!」
案の定静かに隠れるということは出来ず、大きな音を立てて学園長先生に見つかってしまった。
「覗きにきてたのはわかっておったが、もう少しうまく隠れていられんものか」
呆れたように言う学園長の隣には、クスクスと笑う女の姿。
「学園長先生!その方はどなたですか!?」
堂々と兵太夫が手を挙げて質問をすると学園長はニヤッと笑った。
「食堂のおばちゃんがな、最近腰を痛めていただろう?負担を減らし、ゆっくり療養できるようお手伝いにきてくれたんじゃ」
「河嶋 香です。どうぞよろしくお願いします」
にっこりと笑うその人の姿を、一年は組のよいこ達は目を丸く口をぽかんと開けて見つめた。
特別綺麗、というわけではないが柔らかい笑顔はまるで桜が咲いたような錯覚を起こした。
「よろしくお願いします!!」
大きな声を揃え、ぺこりと頭を下げた一年は組のよいこ達は早く皆に教えないとと走っていった。
「あっ!こら!!余計なことは言うでないぞ!!」
学園長の声などもちろん届くはずもなく、半刻後には学園中の生徒達が知ることとなっていた。
「おばちゃん病気って本当!?」
「おばちゃんが不治の病だって聞いたんだけど!」
と、間違った情報を。