長編


□第三話
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「はい、明日からまたお仕事に戻っても大丈夫ですよ」

新野先生の診察を受けた香はホッと胸を撫で下ろした。

「今日はダメですか?」
「ダメです。3日間ほとんど寝たきりだったんですからね。今日は1日ゆっくり過ごして明日に備えるように」
「そうですか…」
「明日からも急にあれもこれもはいけませんよ」

香のことを見透かしたように釘を刺す新野先生の言葉に、小さく返事し頷いた。

「河嶋さん、ここでは皆自分に出来ることを精一杯やっています」
「?はい」
「そして同時にお互いを助け合い支え合っています。保健委員の子たちを見てそう思いませんでしたか?」
「はい」
「我々も同じです。河嶋さんにも、そうあって欲しいと思っています」

新野先生の言葉に、香は俯いた。

「…仰っていることはわかります。でも…私は…まだ何もお役に立てていません」

「本当にそう思っていますか?」

返事に詰まっていると、新野先生はゆっくり立ち上がった。

「今日は、朝ごはんを食べたらゆっくり学園を散歩してみてください。足慣らしと思って」
「?…はい、あの」
「では、失礼します」

香はため息を一つついた。

今日には仕事に戻れると思っていたのに。
もう三日も休んでしまった。
おばちゃんに、謝りに行かないと。

まずは身支度、と着物に袖を通した。
井戸に行くと既に何人かの生徒が顔を洗っていた。

「おはようございます」

声をかけると顔をあげたのは文次郎だった。

「ああ、河嶋さん。おはようございます。もうよろしいのですか」
「あっ!香さん!おはようございます!!」
「おはようございます」

文次郎の言葉を遮るように団蔵が満面の笑みで駆け寄ってきた。
三木ヱ門と左門、佐吉はぺこりと頭を下げた。

「おはようございます。おかげさまで何とか。明日からまた仕事をしても良いと」
「そうですか、それなら良かった」

文次郎は口角を少しだけあげた。

文次郎くんはあまりニコニコと笑うタイプではないけれど、とても優しい目をしているのね。
…目の下のクマがひどいけど。

「もしかして今日も徹夜を?」
「ええ、でもやっと予算がまとまりましたので」
「大変だったのね」

香は近くに来ていた団蔵の頭をよしよしと撫でた。

「…!」

少し照れたような顔で、でもすごく嬉しそうな顔で香を見上げる団蔵が可愛くて、もう一度ぐりぐりと頭を撫でた。

…かわいい…。

それを見ていた佐吉と目が合うと、佐吉はぷいっとそっぽを向いてしまった。
香は佐吉にすすすと近づいて佐吉の頭もよしよしと撫でると、佐吉も団蔵と同じような顔で香を見上げたのち、文次郎の視線に気づきさっと離れてしまった。

「俺も撫でてください」

左門がそう言うと香は左門も同様に撫でた。
そしてここまでくれば、と三木ヱ門にも手を伸ばした。

「えっ…!」

三木ヱ門は一瞬後ろに下がってしまったためすぐに手を引っ込めた。

「あ、ごめんなさい、三木ヱ門くんは嫌?」

そう聞くと、小さな声で「そ、そういうわけでは」と言うので再び手を伸ばしてよしよしと撫でた。
三木ヱ門は香より少し背が高く、俯いていてもさらさらの前髪の間から恥ずかしそうに笑う三木ヱ門の顔が見えた。
三木ヱ門を撫で終わり、文次郎を見ると驚いた様な顔になった。

「…文次郎くんは少し屈んでもらわないと届かないわ」
「いや、…いやいや!お、俺は」
「潮江先輩!」
「先輩!」

やってもらった方がいいですよ!という顔で文次郎を見つめる後輩達。
三徹明けで皆疲れていたのだろう。
あの文次郎なら、きっともっと全力で拒否した上に左門が撫でてほしいと要求した時に拳骨を落としていたに違いない。
ただ、文次郎も疲れていたのだ。

「では…」

そう言って香の前で少しだけ屈んで、香によしよしと後輩同様に撫でてもらっていた。
文次郎の誤算は、それを仙蔵に見られていただけのことだった。
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