五年生 短編

□双忍と
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香は悩んでいた。
味噌汁が危うく沸騰してしまうほどに考え込んでしまっていた。
おばちゃんに悩みがあるなら聞くわよと言ってもらえたが、それは誰にも言えない話だった。

「香さん」

そこに悩みのタネである雷蔵が声をかけてきた。

「ら、雷蔵くん」

「私もいますよ」

雷蔵の後からひょこっと顔を出したのは同じ顔の三郎だった。

「さ、三郎くん」

こちらもまた、香の悩みのタネであった。

「今夜、待ってますね」

食券を渡した時にこっそりと囁かれた言葉。
香は顔を赤くして、受け取った食券を落としてしまった。

「ご、ごめんなさい」

慌てて拾い顔をあげると、期待に満ち溢れているような顔で微笑む雷蔵と、何かを企んでいるような顔の三郎。
二人は何かを耳打ちして、笑い合った。
それを見ないようにして、香はA定食とB定食を用意した。

「ありがとうございます」
「いただきまーす」

二人は何事も無かったかのようにそれを受け取り、既に勘右衛門達のいるテーブルへ向かった。

「はぁ…」

大きなため息を一つ零した。
悩みのきっかけは一週間前に遡る。
香は雷蔵と三郎に呼び出されていた。


「話ってなあに?」

呑気にそう尋ねると、二人は真面目な顔で香に告げた。
香のことが好きだと。
恋仲になってほしいと、そうハッキリと告白された。
香は素直に嬉しいと思った。
二人とも素敵な人だとは思っていたし、そんな二人に想われていることはとても嬉しく光栄なことだと思っていた。

でも

「…ご、ごめんなさい…あの、すごく嬉しいんだけど、どちらかを選ぶとか私には…」

香はしどろもどろになりながら答えると、二人は顔を見合わせてから笑った。

「選ばなくてもいいんですよ」
「僕たち二人と、恋仲になってください」

二人はさも当然という顔でにっこりと笑った。

「本当は僕が先に香さんを好きになったんですけど」
「雷蔵、だからそれは言うタイミングの問題でだな」
「でも先に言ったのは僕」
「そうだけど好きになったのは」
「僕が先」
「…まあ、雷蔵がそういうならそれでいいけど」
「三郎も香さんのことが好きって言うから、本当は独り占めしたいけどどちらか選んでって言うときっと断られると思って」
「二人で香さんの恋人になろうということになったわけです」


そう言って二人は香の両手をとり、香の返事をじっと待った。
香は突然のことに困惑し、とりあえず一週間考えさせてほしいと言ってその場を逃げたのだった。
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