短編
□手遅れ
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「名前と申します。初めまして、赤犬さん」
透き通った女性らしい声に、どこか哀愁漂う彼女はボルサリーノの知り合いである。歳は30代だろう。大人しそうな印象を受けた。
「サカズキじゃ」
「サカズキさん………、よろしくお願いします」
一体どこでどうやって知り合ったのか、全く想像できない。
が、こいつのことだ、どうせ喫茶店とかで知り合ったのだろう。
そんなことを思いつつボルサリーノを見れば、
「行きつけの喫茶店でマスターとわっしと、彼女だけでねェ」
話したら趣味が合うものだから、とにこにこして答えた。
「………趣味が合うただけで、何故ここに」
つい本音が口から溢れ出た。ボルサリーノの恋人でも妻でもなし。ただの知り合い。趣味の共通した知り合い。
海軍の大将を勤めているだけあってか、何事もはいそうですかとは受け入れられないのが常である。
目深に帽子を被り、赤いスーツの巨漢を見上げながら名前は、慌てて「旦那が、お世話になりましたので」と言った。
誤解を解くためか、恐怖心からか、少し手が震えている。瞳も揺れていた。
「いやァ、話聞いてたらねェ彼女………旦那を亡くしたみたいでね?でも特に君に世話になったらしいから、是非お礼にって」
「………ボルサリーノ………おどれは………」
自分の素性をそんなにも簡単に打ち明けたのか、と言いたかったが
「?」
この男と自分とでは物事に対しての感覚が違うため、言葉を飲み込んだ。
「………もうええわ」
そんなサカズキの様子を鑑みてか、名前が言った。
「それでは、もう失礼しますね。お忙しいのに、ごめんなさい。本当にお礼を申し上げたかっただけで………何も持って来ないで来てしまって………」
「別に構わん。………名前を教えて貰えりゃあ、遺品は探しちゃるけェの」
「………本当ですか………!ありがとうございます………。でも、お気持ちだけで良いですわ。これ以上、あの人のものが身の回りにあると………前へ進めませんもの」
しとりと笑んだ彼女は、世辞抜きで美しく、そして儚さを感じた。
他人、ましてや女性にそんなことを思ったのが殆どなかったサカズキにとって、名前という人物は彼に強い印象を残した。
彼女が去ってから、ボルサリーノが少し楽しそうにサカズキを茶化す。
「君があんな気の利いたこというとはねェ、驚いた」
「喧しいわ。それより、勤務中にどこほっつき歩いとるんじゃァ、貴様!」
「ただの巡回だろォ〜?人聞き悪いねェ」
「ただの巡回で何故喫茶店に入るんじゃァ………!!」
「別にいいだろォ?」
ボルサリーノがサカズキの言葉を避けた分だけ、サカズキの怒りは上がっていった。
「ねぇ、廊下にボインなおねーさんがいたんだけど。知り合い?」
言い合い(?)のなか、呑気に入ってきたのはクザンである。いつにも増して、まぶたが重そうである。
「クザン………、貴様は………昼寝か………」
大噴火してしまいそうだ。だが今は怒る前に仕事へ戻らせなければ。前回の遠征で破損した軍艦やら破壊してしまった村などの請求書に追われているからだ。自分一人では何日掛かるかを知らない。
「おどれら、揃いも揃ってェ………仕事に戻らんかい!!」
今日も海兵たちが「またやってる」というため息を吐く。