第2幕
□予定という名の台本
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しばらくぶりの外は風が心地よかった。
市警からの聞き込みを終え、クリスは国木田と並んで荒れ果てたコンビニを眺める。
「国木田さん以外の方にも、わたしのこれは異能力かと訊かれたことがあります」
先程の話を蒸し返しますけど、と前置きし、クリスは風になびく髪を耳にかけた。
クリスが思い出しているのは、敵として邂逅し、部下になり、やがて刃を向けたかつての長。
――誰もが否応なく引き摺り込まれ、役割から逃れられず、やがて己が元々何者だったかすら忘れてしまう。これを異能力と言わずに何と言う?
彼はクリスに「魔性」という言葉を与えた。
異能力と大差ないほどの才能、蜘蛛のように獲物を絡め取り、その脳を食す魅惑の魔物。
「これは単なる技術なんです。他の国にいた頃、異能力無効化の力を持つ人と関わる機会があって、わたしのこれが異能力でないことは証明済みなんですよね」
適当な嘘を連ねた説明に国木田は疑う様子もなくあっさりと納得した。
異能力は多種多様だが、似たような能力を持つ者がいることは珍しくない。
「まるで自動異能力鑑定器だな……」
「そういう考え方をしたことはなかったです」
「つまり」
国木田がこちらを見下ろす。
「異能の有無を調べた経験が、あるということか」
ああ、しまったな、と思う。
本当は、無効化の異能者など太宰以外に見たことがない。
この演技力が異能ではないと言い切れるのは、既に【テンペスト】が発現しているからであって、調べたわけではないのだ。
さて、と思い出すふりをしながら考え込む。
この身に異能があることを知られるのは避けたい。
どう答えようか。
思考する中で、クリスの脳裏にはあの場所の記憶がちらつく。
己に伸ばされる人の手。
床へと落ちる千切れた臓器。
形の崩れた見知った顔。
肉片が、血が、降ってきて。
――クリス。
あの穏やかで優しい声が耳の奥に蘇る。
強く頭を振った。
「……ッ」
「大丈夫か」
息を詰めて額に手を当てたクリスへ、国木田が焦ったように声をかけてくる。
手がこちらへと伸ばされるのを感じつつ、その手から逃げるように身を竦めた。
「すみません、ちょっと、疲れたみたいで」
「……そうだった、あなたは一般市民だったな」
「実はそうなんですよ」
誤魔化すようにへらりと笑ってみせる。
国木田はクリスを慮るように口を噤んだ。
話題を逸らせたのは良かったが、とクリスは地面に座り込みかねない体を必死に堪える。
あの場所を、忘れることはない。
あの光景を、忘れることもない。
あれは、故郷だった。
小さな村にあった、大きな建物。
それが研究施設だと知ったのは後のことだ。
その研究対象が異能であることも、それの発現条件を、発動時の脳波変動を、臓器への影響を、神経伝達回路を探っていたことも、後で知った。
その中でクリスは育った。
何も知らないままに、閉鎖された村の中で争いも何もない幸せを享受をしていた。
そして、知った。
彼らの実験が、この身を通して成功した時に。
――この身に秘められているのは、彼らの実験成果だ。
「ちょっと目眩がしただけです、もう大丈夫ですよ」
「そ、そうか」
何事もなかったかのようにクリスは国木田へと完璧な笑顔を向ける。
彼が本当の事を知る必要はない。
このことを知って良い人など、この世界のどこにも存在しない。
だから、隠し続ける。
嘘をついて、誤魔化して、生き続ける。
「国木田さん、楽しんでいただけましたか?」
「何を」
「恋人ごっこ」
からかうように言えば、国木田は途端に顔を歪ませた。
「……心臓に悪い。今後は事前に言ってくれ」
「国木田さんの反応、面白かったです。名前で呼んでみたら目を丸くして固まってしまったし」
「……頭が混乱していて自分が何を口走ったかすらよく思い出せん」
「即興劇も楽しいでしょう? また遊んでくださいね」
国木田が「もうごめんだ」と頭に手を当てたのを見、クリスはクスクスと笑い声を上げた。
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