第2幕

□予定という名の台本
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ヨコハマは良い街だ。

心の底からそう思う。
食べ物が美味いし衛生的だし命を狙われても追い返せる程度の輩しかいない。

仕事は順調。
リアという名は想像以上に売れ、劇団は久し振りの黒字を記録した。


「順調って素晴らしい」


ショッピングモールの中を歩きつつ、クリスは一人満足していた。

今日は劇団の座長の都合で劇場そのものが休みとなっている。
いつもの休みなら座長と共に脚本の修正を進めるのだが、それもできない。

他にすることもないので、クリスは未だ把握しきれていないヨコハマの街を散策することにした。

そして今、クリスはショッピングモールなる場所へ来ている。

平日なためか人は少ない。
が、ぼんやりと歩いていると誰かにぶつかってしまいそうなほどには客がいる。
休日になるとどれだけの混み具合になるのだろう。
想像するだけでも恐ろしい。


「シュークリームがふわふわで美味かったし、さっき飲んだフルーツジュースも生搾り感が堪らなくって美味しかったし、お昼に食べた焼きそばはソースが濃ゆくって美味しかったし。美味しいって素晴らしい」


様々な店が集まって構成されたこの大きな建物は、案内板がないと迷うほど広い。
しかも服屋のみならず電気屋も本屋も、そして飲食店も入っていた。

ここに来るだけで一日を終えられそうだ。
ヨコハマって素晴らしい。


「上から順に回ってきたから、あとは地下一階フロアだけか。地下もあるなんて建築技術がすごいなあ」


地下はスーパーらしいが、ここまで満喫したついでだ、今夜の夕食でも買っていこう。
そう思うも、クリスは先程アイスクリーム屋で広げた財布の中身を思い出し、あ、と呟いた。


「……お金、ない」


もともとここまで浪費するつもりはなかったため、お金はあまり入れてこなかった。
仕方ないな、と銀行かATMを探すためショッピングモールの案内板を凝視する。

銀行は最上階にあった。
なら外にあるコンビニの方が近い。
この街は最高だ、便利(convenience)という名の店があるのだから。


「コンビニ行くか……」


外に出た途端、夕食の買い出しなどという食べ歩きとは異なる買い物に興味がなくなって帰宅の道を歩き始める可能性はないわけではない。
が、その時はその時だ。

大きな自動ドアが勝手に開く様を物珍しげに眺めつつ外に出たクリスは、ここに来る間に見かけたコンビニへと向かった。

店の前に立つや否や、ウィン、と入り口が開く。
自動ドアというのは便利を追求し過ぎてやいないだろうか。

足を止める間もなくドアが開かれる感度の良さ。
ネズミにも反応するのだろうか、と毎度通るたびに思うことを今回も思いつつ、クリスは自動ドアを通って店内へ入る。

このコンビニは出入り口の左手側の壁沿いにレジが並んでいる。
そしてそれは、出入り口からとても近い。

つまり客が店内に入った途端レジに並ぶ人々と目が合うわけで。


「……あ」


クリスと目が合ったのは、黒い服と黒い目出し帽と黒光りする銃を店員に構えた男達で。

ああこれは世に言う、強盗の初手。

後ろで自動ドアがウィーンと閉まる。
逃げ遅れた。
というよりは閉じ込められた感が強い。


「……何でこうなる」


クリスの呟きは、誰にも拾われなかった。



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