第2幕
□少女、来航
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ボォォ、と船が煙を吐いた。
大きく弧を描いた湾の中に、その港はある。
背後に高層ビルの並ぶ都市を持つそこでは今、ちょうど外国からの船が到着したところだった。
船から降りた人々は各々、知人との再会に沸き立ち、または見慣れない街を眺めて声を上げ、異国への上陸を楽しんでいる。
少女もその一人だった。
「ここがヨコハマかあ」
肩に触れる程度の亜麻色の髪が海風に揺れる。
「噂には聞いていたけど、大きな街」
白い肌にかかったそれを指で耳にかけ、少女は――クリスは碧眼を眩しそうに細めた。
彼女の緑にも青にも見える瞳には、高いビルが立ち並ぶ景色が映り込んでいる。
ヨコハマ――都会と呼ぶに相応しい、建築物の並ぶ街。
それは海外のどの場所とも違い、荘厳で、しかし市民の穏やかな気質を匂わせる柔らかさも併せ持つ、特異な街だ。
しかしその特異さは市民だけによるものではないことを、彼女は知っている。
ふとクリスの視線がとあるビルへと移った。
それは、煩雑に立ち並ぶ高層ビルが目につく中心地から少し離れた場所、港からもよく見える位置に佇んでいる。
天へその身を細長く突き伸ばしているそれは、硬質さを表す色味をもってして街に絶対的な存在感を示していた。
その建築物は一般企業の持ち物ではない。
この街の夜を、裏の世界を牛耳る者達の拠点だ。
嫌でも目に入ってしまうほどのその建物に、彼女はじっと見入る。
恐らく最上階がこの街の人々を恐れさせる人物の居場所だろう。
この街を守る財と暴力と権威の保持者――その顔など見たくもない。
「……さて、と」
スッと目を逸らし、クリスは上空へ両腕を伸ばした。
うーん、と呻きながら伸びをする。
「まずは情報屋を探そうかな。……あ、その前に街を見に行こうっと」
声を弾ませ、少女は見知らぬ土地へと足を踏み出した。
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