第1幕

□君と共にティータイムを
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甘く見ていたつもりはない。
けれど、そこまで知られることになるとは思ってもみなかった。

黙り込むホーソーンの横で、ポオはそっと珈琲を口に含む。


「……ここまでわかると、疑問が二つほど出てくるのである。一つは”外界を知らない”という点。先程我輩は彼女が外界を知らない理由を”敵組織に隠れ住んでいたから”と推理した。けれど組織に隠れ住む理由がわからないのである。裏社会の組織ならば堂々と闇を駆けていても表社会に顔が出ることはまずない、諜報員なら尚更である。裏社会にいながら外に出るのを拒んだ理由、つまり裏社会の誰かに姿を見られることすらも困るということだろうか」


これは疑問だった。
つまり、答えなければいけない。
ちらとクリスを見遣り、ホーソーンは答えを考えた。
短く、的確な一言を脳内に探す。


「……表社会も裏社会も牛耳ている者に、追われているのです」

「理由は異能であるな」


さらりと言い、ポオはいつもより小さな声をさらに低くする。


「これが二つ目の疑問である。彼女の異能は何か。先程牧師殿は自身の異能を彼女に使おうとした、それを躊躇わなかった。つまり彼女の異能は牧師殿と同等か、それ以上である。けれどあの時彼女はおそらく隠していたナイフを出そうとしていた。異能を使おうとしたわけではない。けれど牧師殿は異能が使われることを想定した……つまり彼女はまだ自分の異能を操れておらず、いつ暴走するかがわからない」


この点に関しては単に彼女のナイフの実力を警戒した可能性もあるけれど、と付け加えて、ポオは口元に手を当てる。


「いずれにしろ彼女が異能を制御しきれないという点は確かであろう。……異能を十分に操れもしない異能者をギルドが買った理由は何か? ただ一つ、強力な異能力だからである。ならば『表社会も裏社会も牛耳ている者』もそれを求めることは確実。異能を統べる者は世界を統べることができる」

「今は戦時中ではありませんよ」

「大して違いはないのである。戦争は目に見えているだけであって、戦いや対立は常に世界中に散らばっている。……おそらく彼女を追っているのは国か、それ以上のものであるな。表社会も裏社会も支配できる存在などそうそうないのである」

「ええ」

「となると彼女はギルドの手に負えるものではない。ギルドは北米の異能結社でしかなく、国規模のものに対抗できる存在ではないのである。それで彼女を堂々と外に出していたのなら、いつかはその追っ手がこの国に来る。彼女を外に出すことは、彼女だけではなく牧師殿にも、我輩にも、この街にもこの国にも危険なことなのではないかと我輩は思ったのだ」


そこまで言った後、突然ポオは肩に首を竦めるように縮こまった。


「……た、たくさん喋って疲れた……」


そういえば彼の声をこれほどたくさん聞いたのは初めてかもしれない。
事件解決の仕事をしてきた帰りだと言っていたので、今日は普段の何倍も喋っているのだろう。


「終わった?」


そう尋ねてきたのは淡白な少女の声だった。
クリスがカールの頭を撫でながらこちらを窺い見ている。
聞かれていたのか、とぞっとした。


「少しだけ。全部じゃない」


ホーソーンの考えたことがわかったかのように、クリスは首を振って答える。


「……ポオは、やっぱり凄い人なんだ」

「……驚きました。あなたはこの手の話題を嫌がる。私達の話が聞こえていたのなら、途中で止めに来るなりすると思っていました」

「うん」


カールを撫でる手が止まる。
その手は、微かに震えていた。


「……ちょっと、寒い」

「えっと、その、悪かったのである……本人がいる前でこのような話を……」

「ホーソーンが、話を止めなかったから」


ポオの謝罪を聞き流し、クリスはこちらを見上げてくる。
不安に揺れる青が、そこにある。


「ホーソーンが大丈夫だと判断したなら、大丈夫なんだと思った」

「……はい?」

「ホーソーンの言うことは正しいって、今日知った。そのホーソーンがポオにわたしのことを話した。なら、大丈夫なんだと思う」


ああ、と納得する自分がいる。


――ホーソーンの言う通りだった。信じて良かった。


あの言葉が、彼女の気持ちの全てだったのだ。

ホーソーンは目の前の少女を見つめた。
その眼差しを見返す。

青がそこにある。
緑に縁取られた青が、真っ直ぐにホーソーンを捉えている。
彼女に信じてくれと言った、それは難しいことだと思っていた。
彼女は疑心しか知らず、信じるということが何かも知らないのだと思っていた。
けれど違ったのだ。

彼女は人を信用するということを知っていた。
盲信に近い信頼を相手に向けることを知っていた。

彼女がたまに口にする男性の名を思い出す。
彼のことをクリスは友人と称した。
そうだ、彼女は既に彼を通して「信じる」という動作が何なのかを体験している。

彼女は信頼を知らなかったのではない、信頼に足る人間に、今まで遭遇できなかったのだ。

そして彼女は今、自分に信頼を向けてきている。


「……そう、ですか」


そう言うだけで精一杯だった。
けれど、それで良いと思った。

今この胸に広がった安堵に似た何かは、言葉で表すには曖昧すぎる。





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